見出し画像

気候テックスタートアップの事業成長に関する検証 -資金調達データから見たトレンドと事業化特性-

2023年1月に開催されたエネルギー・資源学会の「第39回エネルギーシステム・経済・環境コンファレンス 」にて発表させていただきました。要旨を一部修正した上で、学術的普及の目的で共有させて頂きます。
(発表者)岩田紘宜、Karthik Varada、Jiacheng Zhang、富田凜太郎、Cherub Kapoor

第39回エネルギーシステム・経済・環境コンファレンス

1.まえがき
気候変動対策を加速させた2015年のパリ協定では,長期的な2℃目標や各国削減義務と合わせて技術イノベーションの重要性が位置付けられた.世界のイノベーションを牽引しているスタートアップエコシステムでも,“Climate Tech”(気候テック)と呼ばれる気候変動対策に資するスタートアップへの注目が集まっている.
気候テックに対する社会的関心や投資・ビジネスの注目が集まる中で,学術的にも過去のクリーンテック投資ブームといった類似事象を踏まえた当該領域のイノベーションメカニズムの理解と政策への反映が必要である.気候テックのスタートアップについては,近年の投資や事業環境変化を踏まえた定量的な研究が十分ではないと考えられる.

2.Climate Tech(気候テック)の定義と勃興
“Climate Tech”(気候テック)とは,近年の気候変動対策や脱炭素に貢献するビジネスやテクノロジーの分野から新たに整理されるスタートアップのテクノロジー(テック)領域を指す.テック領域とはある文脈の中で規定される属性であり,1社が同時に複数の属性に該当することもある.現在の実態として,投資家や関係者の間で気候テックの明確な定義は存在しないものの,多くの場合には”Clean Tech”(クリーンテック)と呼ばれている環境・エネルギー関連分野に加えて,気候への影響が大きいフード,アグリ,モビリティ,建設,さらにはカーボンマーケットに関連するフィンテック等のスタートアップも気候テックの定義に含まれていることが多い1).気候テックは主に脱炭素や緩和策を対象とすることが多く,気候変動の適応策に関係するスタートアップの取り扱いは遅れていたが,2022年には著名投資家・慈善活動家のビル・ゲイツ氏が中心となり立ち上げたBreakthrough Energyが今後は適応策スタートアップへの投資することを宣言して注目を集めている2).

気候変動に関する国家や社会の期待を受けて,金融業界も変わり始めている.スタートアップの属する未公開市場でも,トランジションファイナンスや環境・社会・ガバナンス(ESG)金融,社会的インパクトを重視する投資活動が推進され,近年の特定買収目的会社(SPAC)を始めとする資金調達やExit手段も変化し,投資環境すなわちスタートアップ側から見た資金調達環境は近年大きく変わっている.数字上でもコロナ危機を経て気候テック投資は成長し続けており,2020年下半期〜2021年上半期の気候テックへの投資額は総額875億USDに到達し,2021年上半期は半期単独で600億USDを超え過去最高を記録した3).機関投資家の動きにベンチャーキャピタル(VC)業界も呼応し,気候テック特化型ファンドの設立も相次いでおり4),気候テックは金融業界の資産クラスとして立ち位置を確立しつつある.

3.クリーンテック投資ブームと反省
一方で,気候テックのスタートアップ投資においては様々な議論がある.シリコンバレーを代表する著名VCである Kleiner Perkinsが,2000年代初頭にクリーンテックへの大型投資で失敗した事例はVC業界でも有名だった5).過去2005年から2011年にかけて起きたクリーンテック投資ブームでは,インターネットバブルを経てクリーンテック企業に流れ込んだ巨額の投資資金の回収がうまくいかず,インターネットベンチャーやバイオテクノロジーといった他領域と比べても投資家のファンドパフォーマンスが著しく低かったことが判明している6).その理由として,Gaddy et al(2017)は,新素材やハードウェア等のクリーンテックの典型的技術の技術開発に要する期間の長さ,多くの投資を要求する資本集約性,エネルギー等のコモディティやユーティリティ産業の利幅の薄さや市場環境,大企業の企業買収による投資先Exitの乏しさを挙げている6).海外や日本のVC業界でも過去のクリーンテック投資の経験から当該領域の投資に対しては悲観的な意見も多く,「バブル現象」の一つだったとも認識されている7).近年使われている気候テックという呼称についても,前回のクリーンテック投資ブームに対する否定的感情を呼び起こすため,名前を変えて印象を変える必要も言及されている5).

しかしながら,過去のクリーンテック投資の時期に現れた代表的成功例であるテスラが,過去誰にも予測できなかったタイムスケールの事業進捗により世界の自動車業界を変革させて電気自動車の普及に貢献しているように8),今回の気候テックの資金流入においてもこれからスタートアップが引き起こすイノベーションの影響は気候・社会経済シナリオを考える上では無視できないと考えられる.

4.結語
 本研究では気候テックを対象に探索的分析を進め,気候テックを囲む資金調達環境のトレンド変化を定量的に捉えた.今後は気候テックのもたらすイノベーションの定量化と理解を目指してデータ分析を進めるとともに,経済学や気候シナリオの視点からも理論的考察を深める所存である.

参考文献
1) Holon IQ;HolonIQ names top 1000 Climate Tech companies, launches open source framework at COP26
HolonIQ names top 1000 Climate Tech companies, launches open source framework at COP26
https://www.holoniq.com/notes/holoniq-names-top-1000-climate-tech-companies-launches-open-source-framework-at-cop26(最終閲覧 2022/12/4)
2) CNBC;Bill Gates' climate-investment firm will put more money into adapting to climate change
https://www.cnbc.com/2022/10/25/bill-gates-climate-tech-investing-company-bev-moving-into-adaptation.html
(最終閲覧 2022/12/4)
3) PwC;State of Climate Tech 2021 “Scaling breakthroughs for net zero”.
https://www.pwc.com/gx/en/sustainability/publications/assets/pwc-state-of-climate-tech-report.pdf
(最終閲覧2022/12/4)
4) Climate Tech VC;New dry powder for a new climate
https://www.ctvc.co/new-dry-powder-for-a-new-climate/(最終閲覧2022/12/4)
5) Coral Capital;クリーンテックがVC業界に再び注目されつつある訳.https://coralcap.co/2020/12/how-cleantech-is-making-a-comeback-in-venture-capital/
(最終閲覧2022/12/4)
6) Gaddy, B.E., Sivaram, V., Jones, T.B. and Wayman, L;
Venture capital and cleantech: The wrong model for energy innovation. Energy Policy, 102(2017), pp.385-395.
7) Giorgis, V., Huber, T.A., Sornette, D.; ‘Salvation and profit’: deconstructing the clean-tech bubble. Technology Analysis & Strategic Management(2022), pp.1-13.
8) Noel, L., Sovacool, B.K., Kester, J., de Rubens, G.Z.,. Conspicuous diffusion: Theorizing how status drives innovation in electric mobility. Environmental Innovation and Societal Transitions, 31(2019), pp.154-169

この記事が気に入ったらサポートをしてみませんか?