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わたしの見た世界6/10

謎が謎を呼ぶ出来事。

 この事件、掘れば掘るほどわからないことだらけ。
どんなに悪知恵があったとしても、こんな大掛かりなことを
独りでやるのは大変難しい。
 容疑者の素性はオレオレ詐欺団の一員なのか、何なのかいまだ病みの
ままだし、どうして山口県のこの町にやってきたのか、正直わからない。
 目的が汚いお金をきれいなお金にするマネーロンダリングという仕事だとしたら、たくさんの人の手や知恵、関係性を利用しないと
できないはずなのに。
 さらに言えば、現政府の支持基盤で起こった金融事件だからこそ、
たくさんの視点で多くの疑問点が出ないと正直おかしい。

ごみを捨てる、という行動から生きざまが見える。

 今まで、ごみを増やそう、増やそうと世の中が動いていた現実が
こういう取り組みや出来事を通してだんだんと見えてきた。

 ごみを減らしていきましょうと先導してきた人たちは
他人にゴミを捨てさせて自分で出すゴミは少ないですよ、という
アピールがはっきり言って、うまいと感じる時がある。

 けれども私たちはどういう人生の運営をやればいいのか、
正直わからない、ということをこういう取り組みを通じて戸惑ってしまう。

 わたしたちは生きていることである程度のゴミを出してしまう
という事実がある。

 問題はこのゴミが生きている中でどういう状況、どういう局面で出て
しまったのか、そのごみを自らの手でゴミ箱に持って行ったのか、どういうやり方であれ、他人の手を使ってゴミ箱に入れさせることになったのか、というところなのかもしれない。

 正直者が馬鹿を見る世の中だからこそ、わたしたちはこの風潮に
どう対応するかが問われている。

体を激しく動かす状態ではマスクを外しましょう

正直言って、あほかと思う。
体を動かしすぎて半ば酸欠状態で、体全体も大量の汗が出て、マスク自体も
濡れている、濡れているから酸素を取り込む鼻と口にぴったり張り付いて
苦しくて、苦しくて、死にそうになったことが何度もあった。

  そういう経験を自分は持っているから、時と場合に応じてマスクを
つけたり外したりすることが自分の生存を守る、ということが
よくわかってはいるのだが、わかってない人とぶつかることが怖い。
 
 運動選手の肺活量や心拍数をわざと上げるトレーニングの考えと混ぜて
今までマスクのありようを考えていたとしたら、今すぐごみ箱に捨てろ。

 マスクによる窒息が原因として死んだ人や、重大な障害を負った人が出てくる前にこういう歯止めがかかったことが幸い、と言っていいのだろうか?

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