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お奨め、横着の発想

語感の悪いことばがあります。例えば「横着」ということばはその一例ではないでしょうか。このことばが発せられる時には、発話者が相手に対して「楽して利を得ている」「ずるい」などの非難するような意味合いを込めて使うことが多いと思われます。しかし、天邪鬼の私にとっては、この「横着」は、いわば人生のモットーでもあります。

このことばを、「効率が良い」とか「スマート」であると言い換えてしまうと面白みがないのは、「横着」という通常は悪い意味で語られている態度の中に、自分のお手本になるような考え方、動き方、働き方が隠れているのではないかという「発想の遊び」を遮断してしまうところがあるように思います。通常は、「悪い」ニュアンスのことばの中に、見るべきものがあるという考え方をすることには、一見「悪人」の中に、見習うべきところがある、社会的に「悪い」とされている行動の中に、知恵が隠れているという、ちょっと違った見方を認める要素が隠れているのではないでしょうか?(自分でも、ちょっと回りくどい言い方をしていると思います。わかる人だけ、続けてお読みください)

私の個人的経験を1つ。

ひとつ目は、かつて銀行で働いていた頃。最初に配属された支店で、融資係という部署で、個人のお客さま相手に住宅ローンを提供する仕事をしていました。そこで必ずお客さまとのやり取りになるのは、毎月の返済額がいくらになるかというものです。厄介なのは、この返済額、四則演算では計算できないのです。

そこで私が働いていた1980年代の勤務先では、支店に一台だけある本部と繋がっている機会(コンピューターとも読んでいなかった通信機器)で、ある一定の指示をすると、本部から数秒後に数値が返ってくるというしくみでした。さらに厄介なのは、お客さまの質問は、1回では終わらないということです。「返済期間を25年から30年に変えたら返済額はいくら減りますか?」「金利が0.5%上がったら、毎月いくら多く払うことになるの」と。毎月の予算を決めるわけですから真剣です。新しい質問がある度に、私は、応接スペースの席を立ち、「少々お待ちいただけますか」とお客さまに断りを入れ、また件の機械のところに行って作業をする。この繰り返しです。「このめんどくさい作業なんとかならないの?」私は、「横着したい」気持ちで一杯でした。

そういう日々を過ごしている頃、世の中にハンドヘルドコンピューターなるものが登場しました。もはや歴史上の存在となっています。シャープやカシオといったメーカーから盛んに出されたその機械は、BASICという簡単なプログラミング言語を入力してプログラムを作ると、先ほどご紹介した住宅ローンの返済額の計算などが最も簡単に出るという代物でした。当時確か数万円したと思いますが、私は迷わずこれを買いました。

効果てきめんです。
この機械を使い出してからは、かの本部との連絡機器のところへいちいち足を運ぶことなく、お客さまの質問に瞬時に答えられるようになりました。お客さまにも、支店内の同僚にも好評で、この機械で他のプログラムも書くようになり、係内のめんどくさい計算が全て私のところに回ってくるというおまけまでついて来ました。

この話は、仕事のルーティンを「この仕事はこういう方法でやるしかないんだ」と思わず「なんとか横着する方法はないのか」(だってめんどくさいし、仕事早く終えて早く帰りたい)という発想を常に持っていたから出て来たものだと思っています。「横着万歳!」です。

最近では、英語の機械翻訳に同じような意味を感じています。翻訳も稼業の一つですが、ここ数年の機械翻訳の急激(急「速」というより急「激」と呼びたい)の発展で、たとえば英語から日本語への翻訳の精度は、びっくりするほど上がりました(一説には、TOEIC800点の学生より、Google翻訳の方が精度が高いなどと言われています)。したがって、私の翻訳作業も、最初に機械翻訳にばっとテキストをかけて、出て来た日本語をチェックするというスタイルに変わりました。逆もそうです。日本語を英語にする時は、まず機械翻訳にかけて、出て来た英文をチャックします(この出てくる英文にはいまいち信頼度がないので、業務上の文書などでは、しっかりアウトプットされた英語をチェックする力が求められます。さほど重要度のない文であれば、そのままで問題ないかと思います)。こういう「横着」が出来る幸せな世になったとも思っています。再び「横着万歳!」

但し、機械翻訳が発達したせいで、某翻訳エージェントの方の言葉によれば、「翻訳ソフトのDeepLというのはすごくて、仕事が少ないぶん、下訳を翻訳者さんでなくDeepLにまかせることが増え、早いだけが取り柄のような翻訳者さんはまったく必要なくなりました」とのこと。翻訳家修行を目指している人には、厳しい世の中になりつつ(すでになっている?)ようです。

考えてみれば、世の中の発明、新製品といったものの多くは、この「横着したい」という発想が産んできたものなんじゃないでしょうか。今日は、横着の効用でした」(タイトルページ、毛筆風に書いてみました)


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