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ショートショート『優しい男』

犯人の男


通報を受けて駆けつけた警官隊が目にしたその光景は、余りにも悲惨なものだった。
屋内の壁や床には一面真っ赤な血液が飛び散っており、警官とはいえ見るのを拒みたくなるほど強烈に脳裏にこびりついてしまうそんな犯行現場だった。現場には親子と思われる遺体が転がっており、どちらも頭を銃で撃ち抜かれ即死の状態だった。後のDNA鑑定の結果、二人は紛れもなく親子であることが判明した。
白昼の喫茶店での銃乱射事件は連日マスコミに取り上げられ、その犯人の男の素姓や犯行に及ぶまでの経緯とその後の行動に関する情報は日を追うごとに更新され続けていった。

しかし、どんなに捜査が進んでも犯人の男が捕まることはなかった。








はじまりの日


父親と母親との三人暮らし。決して裕福ではない家庭だが彼は毎日幸せだった。
学校には仲の良い友達もおり、勉強は得意ではないが成績は悪くなく、宿題も毎回きちんとこなした。週末には家族三人でドライブをしたり、公園の芝生の上でお弁当を食べたりした。そんな平凡な日常が楽しかったし、彼にはそれで充分だった。
ある日、彼は友達と喧嘩をした。原因はほんの些細な事だった。彼の大事にしていたトレーディングカードを一緒に遊んでいた友人が無くしてしまったのだ。「絶交だ!」と言い放ち友達を突き飛ばして帰る道中も彼の怒りの感情が治まる事はなかった。それどころか、今までに感じたことのない気持ちの高ぶりと快感にも似た心地良さが自分の内側から溢れ出てくるのを感じていた。
帰ってきた彼を見た父親は驚いた表情をし、怒りが治まらない彼を𠮟りつけると動揺した様子で自分の部屋に入っていった。初めて父親に強く叱られたショックで咽び泣く彼を抱きしめて、母親は「友達よりもカードが大事なの?お母さんと約束して、悟志は友達を傷つけないで守ってあげられる、人の為に怒ることができる優しい男の人になるって」そう言って彼のおでこに優しくキスをした。
その夜、彼の両親は珍しく口論になっていた。口論と言っても父親が「どうして」と詰め寄り、母親は「ごめんなさい」と泣いて詫び続けるという一方的なものだった。彼は出来るだけ何も聞かないように耳を塞ぎ、昼間の自分の行為が原因で両親がこうなってしまっていることを悔やみながら母親との約束を思い出して眠った。
翌日学校から帰ってきた彼の顔には笑みが溢れていた。
「今日ね、カズ君と仲直りできたんだ!」
「そう、良かったわね」
と母親は優しく微笑み返し、昨日と同じように彼のおでこに口づけて夕食の準備に取り掛かった。
「早くお父さん帰って来ないかな!」
そう言って、父親の帰宅を待ち遠しそうに窓を見た。

しかし、その日から父親が家に帰ってくる事はなかった。








悟志の日記
 
7月21日(水)
今日から夏休みです!
夏休みはいっぱい遊んでいっぱい色んなところに行きたいです!
この絵日記とかほかの宿題もがんばりたいです!
 
 
 
7月22日(木)
今日はカズくんとダイスケくんとおにごっこしてあそびました!
はじめぼくがオニになってしまって追いかけてダイスケくんにさわりました。
カズくんは足がとても早いのでつかまえられなかったです。だけど、とても楽しかったです!
 
 
 
7月29日(木)
今日はお母さんと海にあそびに行きました!
さいきんお母さんはお仕事が忙しいみたいでなかなかあそびに行けなかったけど海に行けてよかったです!だけど、みんなお父さんと一緒にあそんでて少しうらやましいなぁと思いました。お母さんと食べたかき氷が美味しかったです!ぼくはイチゴ味、お母さんはブルーハワイを食べました!お父さんが帰ってきたらまた3人で行きたいです!
 
 
 
8月8日(日)
今日はカズくん、ダイスケくん、ひろきくんと一緒に夏休みの宿題をやりました!
一人でやるよりもみんなでやった方がいっぱい宿題できました!
みんなにも夏休みの絵日記を見せてもらったけど、みんな色んなところに行ってて楽しそうでした。ぼくも家族でまた色んなところに行きたいなぁと思いました。
 
 
 
8月17日(火)
今日はずっとお家でお留守番をしていました。
雨が降っていたら外でキャッチボールもできないし、ぼくは雨がきらいです。
でも、今日のごはんはビーフシチューだったのでとてもうれしかったです!
 
 
 
8月25日(水)
おばあちゃんの家にあそびに行ってきました!
そこまで遠くないけどおばあちゃんに会うのは久しぶりです。
車で久しぶりにお母さんとドライブできてうれしかったです!
 
 
 
9月5日(日)
夏休みの絵日記はもう先生に出したけどまた日記書いてく!
なんかあとで前のやつ見てみると楽しい!!
今日はカズくんと一緒に帰った!カズくんユミちゃんのこと好きなんだってー!!
 
 
 
9月13日(月)
今日はぼくのたん生日だ!お母さんが焼肉につれていってくれた!
家でもいいよって言ったんだけどなぁ。
でも、お肉もおいしくて最高のたん生日だった!!
来年はお父さんもいたらもっと最高のたん生日になるのになぁ。
 
 
 
10月5日(火)
お母さんが新しいお仕事をはじめたらしい。
いつも夜おそくによっぱらって帰ってくる。
お昼にスーパーでもお仕事してるし、大丈夫かな
 
 
 
11月20日(土)
今日はお父さんがいなくなった日。
もう2年前になるんだ。お母さんはお父さんの話しをするとかなしそうな顔になる。
お父さん元気で暮らしているといいけどなー!
 
 
 
1月1日(土)
2011年の目標はやさしい人になる!
友達がこまっていたら助けてあげれる人になる!
あのときからぼくとお母さんとの約束!
 
 
 
4月4日(月)
今日から五年生!今年もカズくんと同じクラスだ!
でも、ダイスケくん、ひろきくんとはクラスが離れちゃった。
となりのクラスだしたまにあそびに行こうっと!
 
 
 
7月9日(土)
お母さんが働いているところはスナックっていうんだって。
お酒とかを出してお客さんとお話するところ。今日家にきてたおじさんが教えてくれた。
おじさんはスナックのお客さんなんだって。
 
 
 
7月16日(土)
今日もおじさんがきてた。おじさんはお母さんとお父さんの大学の友達らしい。
おじさんはお父さんがあまり好きじゃないみたい。
ぼくはおじさんがあまり好きじゃない。
でも、お母さんはおじさんといるととても楽しそうに笑う。
お母さんが笑ってくれるとぼくもうれしい。
 
 
 
9月13日(火)
たん生日におじさんからニンテンドー3DSをもらった!
カズくん、ダイスケくんも持っているゲーム機でぼくもほしかったやつ!
これでみんなとあそべる!
 
 
 
1月1日(日)
年が変わる時お母さんと一緒にいないのは初めてだ。
今日はスナックが忙しくて帰ってくるの遅くなるって連絡あった。
帰って来た時のお母さんはお酒臭くていやだった。
 
 
 
4月2日(月)
今日から6年生!みんなと同じクラスだった!
カズくんはユミちゃんと同じクラスになれたことが一番うれしそうだった!
これからの学校楽しみだなー!
 
 
 
4月21日(土)
今日はお母さんとおじさんと3人で焼肉。そこでおじさんとお母さんがケッコンすることを教えられた。おじさんの事、前はイヤだったけど今は優しいし好き。ぼくにとってのお父さんは一人だけどお母さんが決めたならそれでもいいと思った。
 
 
 
8月18日(土)
今日は家族3人で海にいってきた!
ビーチにはたくさんの人がいてぼくと同じ家族できている人は多かった!
帰りにはぼくはイチゴ味、お母さんとお父さんは2人でブルーハワイを食べた!
 
 
 
9月13日(木)
ぼくの12才誕生日!家でお母さんがジュースやケーキを用意してくれた!
お父さんからもらった脳トレのDSのソフトはうれしくなかったけど、とても楽しかった!
 
 
 
3月4日(月)
カズくんとユミちゃん付き合った!ユミちゃんもカズくんの事好きだったって!
すごいな、ぼくはまだ付き合うとかそういうのはよくわかんないけど、好きな人と好き同士なのはうれしい事だと思う!
 
 
 
4月8日(月)
中学生になった。カズくん達とは同じクラスになれなかった。
色んな地域からきてるからクラスの数も増えた。
たくさん友達できたらいいなー!
 
 
 
6月17日(月)
怖い先ぱいに呼び出されて僕はなぐられた。
なんでなぐられたのかはわからない。僕は怒るのをガマンした。
お母さんには転んだってウソついた。
心配されたくないし、僕がガマンしたらいいことだから。
 
 
 
9月9日(月)
学校に行くと机に落書きがされてあった。バカとか死ねとか。
一学期終わりからもう同じクラスの人とはしゃべってない。
カズくん達からもさけられている。
 
 
 
12月4日(水)
お父さんの財布からお金を借りようとしたけどバレてなぐられた。
お父さんはすごく怖い目をしていた。
そのあとお父さんはお母さんにまで暴力を振るった。
僕は申し訳ない気持ちになった。
 
 
 
12月5日(木)
先ぱいになぐられた。でも、僕にはお金が無い。
また1週間後にお金を用意しないとなぐられる。
 
 
 
1月21日(火)
あの日以来お父さんはお母さんをよくなぐるようになった。
毎日お酒を飲むと怖い目をして怒鳴っている。
僕がお母さんをかばうと僕もなぐられた。
あんなに優しかったのになんでだろう。
 
 
 
4月14日(月)
ひろきくんと同じクラスになった。でも、全然しゃべってくれない。
ひろきくんは他の人たちと僕を指さして笑っている。
でも、友達のひろきくんが笑っているのを見て僕は少しうれしくなった。
僕がガマンしていれば周りの人は笑っていられる。
 
 
 
6月12日(木)
僕は常に笑顔でいる事にした。
怒るのをガマンするのにくらべれば笑顔でいるのは簡単だ。
その方が先ぱいもお父さんも少しだけ殴る回数が少ない気がする。
それに笑顔でいる方がみんなに優しくなれる気がした。
 
 
 
8月6日(水)
お父さんはギャンブルで負けたらしい。いつも以上に機嫌が悪かった。
帰宅してお父さんはお母さんを殴りつけた。
それを笑顔で見ていた僕もお父さんに殴られた。
 
 
 
9月13日(土)
今日は僕の14歳の誕生日。お母さんは仕事で、お父さんもなぜかいなかった。
多分、ギャンブルだと思う。
こんなに静かな夜は久し振りだ。
これは神様がくれた誕生日プレゼントなんだと思った。
 
 
 
9月14日(日)
お母さんが死んだ。原因は過労によるものだと聞いた。
昼はスーパー、夜はスナックで働いていて倒れるのも当然だと思う。
お母さんが死んでもお父さんは病院には来なかった。
もう日記は書かないと思う。







 
 悟志と雄二
 
俺と悟志はバイト先で知り合った。自慢じゃないが俺は要領が悪く、バイトでもよくミスをしては店長に怒られている。でも、そんな俺に対しても悟志は嫌な顔一つせず笑顔でさりげなくフォローしてくれる。というか、半年近く一緒に働いているが怒っているところはもちろん苛立っているところや疲れている様子すら見たことがない。悟志は常に笑顔で柔らかい雰囲気を纏っていてバイト仲間たちからはマスコットキャラクターみたいな扱いを受けている。
普段は自分から積極的にコミュニケーションを取ろうとは思わない俺だけど、初めて見るタイプのあいつに次第に興味を持つようになっていった。なんでそんなに笑顔でいられるのか聞いてみたい。そして、俺は初めてあいつを食事に誘った。
約束の時間に少し遅れて指定した喫茶店に着くと既に悟志の姿があった。
「ごめん、お待たせ!待った?」という俺に「ううん、大丈夫だよー」と悟志はいつもの柔らかい笑顔で返す。
「何か頼んだ?」
「うん、アイスコーヒー」
俺は席に座りながらテーブルに目をやるが、そこにアイスコーヒーのグラスは無かった。
「まだ来てないのか?」
「うん、15分くらい待つけどね」
「え?店員に言った?」
「ううん」
「言った方が良くない?」
「でも、今忙しいのかもしれないし」
「いやいや、これが仕事だから」
普段バイトで怒られてばかりの俺が言えることかと自分でも思ったけど、それと此れとは話が違う。俺は、店員を呼び悟志のアイスコーヒーの確認と自分のコーラを注文した。
「お前ってさ、普段は何してるの?」
「普段はバイトしたり、彼女と遊んだり」
「え?お前、彼女いたの?」
「うん、いるよ~。最近できたんだけどね」
悟志は俺と同じ21歳。見た目も爽やかで顔だって悪くない。その上、優しさ以外の感情を持ってないようなこの笑顔だ。恋人がいたって何もおかしくない。
「へぇ、その人いくつ?」
「29歳だよー」
「まじで?8個上ってすげえな! 」
「雄二君が入る直前までいた人なんだー」
「そっかーまぁお前そんな感じだし、彼女にも優しいんだろうな」
「うん、でもさ…」
悟志は、いつもの表情を崩さずに話し始めた。
「この前デートの約束してたけど断られちゃって」
「それは残念だな」
「仕方ないから一人買い物行ってたら彼女が知らない男の人と手繋いで歩いててさ」
「え?まじで?」
「気になったからあとつけたんだけど、路上でキスもしてて」
「まじかよ!」
こいつの口からまさかこんなショッキングな身の上話を聞かされるなんて思いもよらなかった。
「そしたらさ、ラブホテルに入って行ったんだよね~」
「それ完全に浮気じゃん!」
その女は、悟志の優しさにつけこんで浮気している。聖人君子のような人間をこんな目に遭わせる女がいるなんて、まったく世の中どうかしている。
それにしても、こんな話を表情も変えずに笑い話にするでもなく平然と話すこいつも少なからずおかしい気はする。
「一応、彼女に聞いてみたんだけど」
「何を?」
「浮気してる?って」
普通聞くかそんなこと。聞くまでもなく浮気してるのは自分の目で確かめているのだから間違いないわけで、もし俺だったら怒鳴り散らしてサヨナラだ。でも、今の悟志の口調からは一切の怒りは見えてこない。
「やっぱりしててさ」
「最悪だな」
「それにさ、彼女結婚してたみたい」
「はぁ!?」
店内に俺の声が響いた。つまりこいつの方が浮気相手だったってことか。
悟志はこちらを気にする様子はなく続けた。
「まぁ、でもしょうがないよ。それよりも旦那さんにバレなきゃいいけど」
悟志の中にある常識と俺が持つそれはだいぶかけ離れているようだ。
優しすぎる。優しすぎて異常だ。なんでそんなにも他人を許せるのか俺には理解できない。
やっぱりこいつには「怒り」という感情がないのだろうか。
「悟志、お前さ怒る事ってないの?」
「怒ること?うーん…」
「怒る事というか、怒りたい事とかさなんかあるだろ?」
「それがないんだよねー」
「じゃあ、無理やりでいいから怒ってみろよ!」
「ええー?」
「お前このままだったらまた良いように利用されちまうぞ!」
「でもなー」
「いいから怒ってみろ!ほら何でもいいから怒れ!気に入らないことなんかあるだろ!」
「まぁ、強いて怒りたい事といえば…」
すると、悟志は突然椅子をガタッと倒しながら立ち上がり、店内を見渡した。
「さっきから雄二君が頼んだコーラが全然来ない事かな!」
そう言うと、おもむろに鞄から銃を取り出して、さっき注文を受けた女性店員の方向に銃口を向けて引き金をひいた。
その瞬間、店内に乾いた銃声が響き渡った。辺りは一瞬の静寂があった後、悲鳴と混乱の叫び声で溢れ、それを聞きながら悟志は立て続けに何発か発砲を続けた。
悟志が発砲を終えた時には、すでに店内の人たちは全員地面に身を伏せて怯えながら、今自分が生きているのか死んでいるのかもわからないようなそんな状態だった。俺を含め声を発する人は誰一人としていなくなり、張り詰めた緊張がその場を支配していた。
「雄二君の頼んだコーラ飲めなくしちゃった、ごめんね」
俺にそう言うと、悟志は店を出ていった。それを呆然と見送った俺が目線を周りに移すと、数分前とは全く違う光景がそこにはあった。
俺が最後に見た悟志の顔はいつもと同じ笑顔だった。ただ、その目は見覚えのあるあいつのものでは無かった。いや、そもそも人間のものとは思えない目をしていた。








あの日の約束

店を出た彼は、歩きながら久しく感じていなかった自分の中から溢れ出てくる感情を堪能していた。幼かったあの日に初めて感じて以来、思い出すことも禁じていたこの感覚をもう治めることなど出来なかった。
彼が家に歩き着いた時には空はすっかり暗くなっていた。中に入ると同じ屋根の下で暮らしていながら、何年も話しをすることもなかった父親がリビングで酒を飲んで酔っ払っているのを見つけた。そして、湧き上がる感情に身を任せて声もかけず躊躇もせずに背後から後頭部を撃ち抜いた。部屋の至るところに飛び散った鮮血が一つの生命の終わりを彼に教えた。
自分の部屋へ行き彼がしたのは、ずいぶん前につけることをやめた日記を書くことだった。日記を書き終えた彼がふと窓に目をやると、そこにはガラスに映った笑顔の自分の顔があった。
しかし、そこにいるのはついさっき自分の手で頭を撃ち抜き殺したはずのあの父親と同じ目をした男が映っていた。
「なーんだ、そういうことかー」
何かに気づいた彼は、自分が一番幸せだったころを回想した。
そして、昔大好きな母親と約束したあの時のことに想いを馳せ、母親が優しくキスしてくれた自らのおでこに銃口を向けて強く引き金をひいた。
 
 
 
 
 
 
 
3月21日(日)
久し振りの日記だ!お母さんが死んでからだから7年ぶりかな?
今日はすごく久しぶりに怒った。でも、友達の為に怒ったよ!
僕、お母さんと約束した優しい男に今日なれた気がする!

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