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ショートショート『再会②』


誰の人生でもあるように、俺にもいくつか人生の岐路と言える瞬間があった。
21歳。大学三年の俺は、そろそろ進路を決めないといけない時期だった。サークルの後輩たちに将来の相談をされた時には偉そうにアドバイスしているくせに、自分のこととなるとサッパリだった。やりたいことも見つからず、かと言ってガムシャラに就活に励む気にもなれず悶々とした日々を過ごしていた。

そんな毎日を送っていたある日、同期の堂島が声をかけてきた。堂島は大学二年のゼミで一緒になって話すようになった。こいつも俺と同じで夢を持っていない人間だった。
「おい、石田。お前、進路決まった?」
会うたびにこれを聞いてくる。きっと同じ境遇の仲間を見つけて安心したいのだろう。
「そんな簡単に決まんねぇよ」
いつもならここで話は終わりだ。でも、今日の堂島は違った。
「なぁ、石田。俺とお笑いやらない?」
「はぁ?」
「俺とコンビ組んで芸人なろうぜ」
「芸人?」
昔からテレビはよく観ていたし、中でもバラエティーやお笑い番組は人並みに好きだった。テレビの中で爆笑を取って活躍する芸人たちには漠然とした憧れも抱いていたと思う。
でも、俺は人前に出るのは得意ではなかったし、ましてや自分がお笑い芸人になるなんて考えたこともなかった。なれるとも思えなかった。
「俺、昔から興味あったんだよ。でも、こういうのはきっかけが大事って言うだろ?なかなか踏ん切りがつかなくてさ。お前進路決まってないんだったら、俺とやってみようぜ!」
堂島にそんな夢があったなんて知る由もなかった。こいつは俺と違って夢を持つ人間だったのか、そう思うと急にこの男が遠い存在に感じる。会うたびに進路について聞かれて安心していたのは俺の方だった。
「無理だよ、芸人なんて。そんなの考えたことなかったし、お笑いなんて出来ねえよ」
「大丈夫大丈夫、お前普段からツッコミ入れたりしてるだろ。あれ結構センス良いなって思ってたんだよな」
あれはツッコミじゃなくて訂正だよ。
「ネタは俺が書くし、石田はそれにツッコミ入れてくれるだけでいいよ」
「そんなんでいいのか?」
「それだけでチヤホヤされるんだぜ」
「売れたらの話だろ」
「俺とお前なら絶対売れるって」
堂島の根拠のない自信は少し不安だったけれど、俺は昔から人に頼られたり必要とされるのが嫌いじゃなかった。いや、むしろ好きだった。だから堂島の熱烈(?)なアプローチは、単純にうれしかった。夢を持っていなかった俺は、お笑い芸人になることに決めた。 
親に話すと当然のように反対された。
「そんな事させるために大学行かせたわけじゃないよ」と母に涙目で言われ
「お前に芸人なんてできっこない」と父には正面から否定された。
今まで真面目に勉強して成績も良かった息子がいきなり芸人になると言い出したのだ。親としては真っ当な反応なのかもしれない。
でも、俺はその反対を押し切り大学を辞めて家を飛び出した。
堂島の夢に乗っかった。そうすることで俺にも夢があると思えた。

芸人になるにはお笑い事務所の養成所に行くのが今の定番だった。でも、家を出た俺にはそんなところに通う金銭的な余裕はなかった。堂島も同じ様なものだったから俺たちは養成所には通わず、事務所にも所属しないでフリーで活動を始めた。
なんのノウハウも持たない俺たちは、とりあえず出演できそうな地下ライブを探して片っ端から出まくった。そして、出演した全てのライブで滑りまくった。

そして、コンビを組んで半年。堂島が飛んだ。連絡が取れなくなり部屋に行っても誰もいない。バイト先も辞めて実家にも帰ってないらしい。俺達コンビはそのまま解散となった。
家族を捨て、相方を失った俺は、その後もしばらくピン芸人として活動した。一度手にした夢を簡単に手放したくなかった。しかし、もともと人に乗っかっただけの夢は長続きしなかった。
ライブに出ることもなくバイトも転々としながらその日暮らしが続くようになっていった。一発逆転を狙いギャンブルにも手を出し始め、いつしか借金で首が回らなくなっていた。そして、俺は逃げるように公園で生活を始めた。

公園での生活も慣れ、日課である園内のゴミ拾いをしていると不意に後ろから「兄さん!」という声が聞こえた。
振り返るとそこには営業マン風の若い男が立っていた。男の目は真っ直ぐに俺を見つめている。こちらが突然のことに戸惑っていると、男はゆっくりと近づきながらハッキリとした口調で俺に語り続けた。
「会いたかったよ兄さん、今まで何してたんだよ。急にいなくなって、どれだけ心配したと思っているんだ。」
顔を確認できる距離になってようやくこの男が弟の勇気であることを理解した。最後に会ったのは六年前、勇気はまだ高校生になったばかりだった。その時の記憶で止まっている弟の姿は、いま俺の目の前にはなかった。
「一緒に帰ろう。兄さん」
そういって差し伸べてくれた手は、昔の勇気からは想像が出来ないくらい大きくてゴツゴツしていた。俺に甘えてばかりいた弟はもういない。こいつはもう立派な大人の男で、俺なしでも一人で十分生きている。
「人違いだと思いますよ。私一人っ子でして、弟とかいないですし・・・」
弟にとってその返事は想定外だったのだろう。あきらかに戸惑い、喚声をあげた。
そして、今度は袋を手渡してきた。
「さっき、兄さんの好きなフィレオフィッシュを買って来たんだ」
確認すると中にはチーズバーガーが三個入っていた。魚の姿はどこにも見当たらない。
なんとも言えない空気が二人の間に流れている。一歩間違えたら笑い出してしまいそうだ。
「兄さん」
「いや、お兄さんじゃないですよ」
あと少しだ。もう一押しでこいつは兄離れできる。
「もうそんな嘘はやめてくれ。たしかに、あんなに優秀で人望もあった兄さんがこんなところでホームレスなんかになって、しかもそんな姿を弟に見られて恥ずかしいのはわかるけど、僕はそんなこと何も気にしない!ホームレスになったって兄さんは世界でたった一人の僕の兄さんだよ!」
コレだと思った。こんな兄で申し訳なく思う。だから俺のことなんか早く忘れてくれ。
「ホームレスじゃないです」
さらに、俺は付け足した。
「親父さん言う通りお兄さんの事はもう忘れてあなたの人生楽しみなよ。お兄さんもきっとそれを望んでいると思うよ?」
勇気はどうやら完全に兄ではないと判断したらしく、「すいませんでした!!」と頭を深々と下げ去っていった。
弟の後ろ姿を見届けて、俺はゴミ拾いに戻った。しばらくすると見覚えのある紐が落ちているのに気づいた。拾ってみるとそれは俺が足に付けていた黄緑色のミサンガだった。
「いつの間に切れたんだ」
付けるときに何を願ったのかは忘れてしまった。でも、きっと俺の願いを叶えてくれたんだろう。とりあえず、仕事を探そう。落ち着いたら部屋も探そう。そうなことを考えているとさっきのやり取りを思い出し、ふと笑みがこぼれる。
「フィレオフィッシュ買うつもりがチーズバーガーって・・・」
おもむろに空を見上げ呟いた。

「あいつ、変わらないな」


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【再会】は僕達ごはんマンが単独ライブ「え」の来場者プレゼントとしてお配りした小説です。

ごはんマンは二ヶ月に一度単独ライブを行なっていて、前回のコントを小説化してお配りするという試みをやってます。

そして、今回は【再会】というコントを小説化しました。

しかし、実はもっと書きたい話があってそれが今回の【再会②】です。

皆さんにお配りするにあたり本にするのが少し難しかった(時間や労力で…)ので、こちらのnoteに載せる事にしました。

最後まで読んでいただきありがとうございました。

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