見出し画像

趣味はトイレの「盗撮」

少し前のこと、買ってから20年は経つ三鷹のマンションのお風呂のリノベを思い立ちまして、ほんの参考にと自宅からすぐの、とある大手陶器メーカーのショールームを冷やかし半分訪ねました。

「冷やかし半分」と言いますのは、そのメーカーの製品に興味がないということでは決してありません。お風呂の最新事情や標準価格のことなどtoto知らない……あ、いや、tonto知らない自分にとって、この会社のなら――どことは言いませんが――他も見る上での基準になるかと。ただ、そもそもマンションならユニットバスという、日本のほぼ一択の状況が、頭では理解できても、いざやるとなるとどうしても二の足を踏む自分がいます。

過去に訪れたことのあるパリやニューヨークやジュネーブのホテルやアパートのあんな風なバスタブにしたい、こんな風な壁床にしたいといった漠としたイメージが根底にあるものですから、我が家のお風呂のリノベは、なかなかに遠い道のりです。

結果として、件のショールームでは担当者の説明も上の空。アピールポイントが右の耳から左の耳へとすり抜けてしまいます。それでも、二度と来ない……もとい、またとない勉強の機会と自分に言い聞かせ、頑張って講釈を最後まで聴き終えると、そそくさと退散にかかりかけたのですが、おや、振り向けどそこに妻の姿がありません。

いま来た順路を少し戻れば、いましたいました。今回、運転手としてしぶしぶ帯同したはずの妻が、靴まで脱いでユニットバスのひとつに上がり込んでいるではありませんか。彼女は、浴室内のタイルもない、目地もない、つるんとしたFRP(?)の壁を撫でながら、これ、いいわねえ、とすっかりご執心の様子。すかさず僕は、

「なんかつるんとし過ぎてて味気なくない? こんなのっぺりしたユニットバスに百万かけるくらいなら、いっそいまのままであと10年……」

と言いかけたのですが、妻は最後まで聴いてはくれません。

「なに言ってるの? 自分でカビキラーのひとつもしたこともないくせに。抗菌抗カビ仕様だなんて、夢のようだわ」

確かに、この10年、緑内障の進行に伴ってタイルの目地の黒ずみやカビにはいっさい目がいかなくなっている……というか関心が向かなくなっている自分がいます。かたや、目が痛い目が痛い、とボヤきつつもカビ取りに余念のない妻に「大丈夫? たいがいにしたら?」と口先だけの声かけは励行するんですが、当事者感覚の欠如はとうの昔に見透かされていたようです。

そもそも、我が家の現在の風呂からしてユニットバスには違いないのですが、四半世紀も前のシロモノなものですから、メーカーの側にも顧客の側にも、在来工法に対する最後の拘りや最低のリスペクトがあったものと思われます。それが証拠に、バスタブこそFRP然とした、ただの四角い箱ですが、壁にしろ床にしろ、タイル張り在来工法への憧憬が最低限担保されているのでした。

そんなこんなもあって、我が家のお風呂のリノベは一向に進まないのですが、さらに悪いことに、つい先日、葉山で僕のこのビョーキをさらに悪化させるちょっとした出来事もありました。

先の日曜日、朝から一人、神奈川県三浦郡葉山町へ。先月に続いて2度目のこの日は、葉山在住のマツザワさんに町内の代表的な美術館やギャラリーをいくつか見せてもらうのが目的でした。いつか個人美術館をつくる際の参考にしたい、との魂胆です。

所期の目的を達し、遅いお昼を食べたのは、これまた葉山ならではのお洒落なカフェ。マツザワさんによれば、元はコンビニだったのがやがてクリーニング店に替わり、その後、さらについこないだ現在のカフェになったのだとか。半分洋服屋も兼ねたその店は、アルミ製のトレーひとつとっても店主の趣味がしのばれました。

で、「今日のお勧め」のレモンパイも美味しく食べたし、さーて、あとはまたマツザワさんにワーゲンでJR逗子駅まで送り届けてもらうだけ、という時間、尿意よりも義務感に促されて葉山での最後のトイレに立ったのでした。

真鍮のドアノブを回し、個室の人となった次の瞬間、床一面に敷き詰められた白黒モザイク・タイルのあまりの美しさに、ズボンを下ろすよりも前に、一度便座にどっかと腰を下ろし、パシャリと写真を撮ったほどでした。


そもそも海外のホテルや美術館や個人宅でトイレを借りるたびに、スマホで写真を撮るのは若い頃からの悪い癖です。アングルの中心に据えるのは、だいたいは便器かタイルかその両方か。すなわち僕は広く陶器製品一般が持つ独特の鈍い輝きと機能美にすこぶる弱いわけでして。結果、ついついトイレの写真を撮らずにはいられない性癖を持っています。そんな僕を、お願いですから盗撮野郎とは呼ばず、陶撮野郎と呼んでください。

テートモダン(ロンドン)のトイレにて陶撮


iPhoneの写真アプリで過去の各種トイレの「陶撮写真」を手繰ってみれば、例えば、ロンドンの美術館「テートモダン」での一枚も。スマホを片手に不敵な笑みを浮かべる、結果自撮りの僕が洗面台の鏡に写り込んでいたりします。

耐久性と耐水性から、古くから世界中のトイレとお風呂では陶器製品があまねく重用されてきました。究極の二大プライベート空間をより美しく、より快適にする目的で、タイルは作家や職人の手で極限のかたちと美しさに落とし込まれてきたといっても過言ではありません。

例えば、目地ひとつとっても、厳密に言えば一つひとつ不揃いのタイルが織りなす幾何学模様をより際立たせ、寒暖差や衝撃による緩衝材としてもなくてはならない陰の主役、それが目地に他なりません。

ただ、お風呂やトイレにおける陶器製品の存在価値や美しさを急速に葬り去りつつあるようでならないこの国のことが、どうしても気になって仕方ありません。もちろん、プラスチックの持つ独自の機能や優位性を全面否定するものではなく、コスパとの絡みで結局は我が家のリノベも最終的にプラスチック素材を多用するより他にない気がしますが、コンサバとモダンの折り合いの付け方のどこかに個性を残し、我流を通す一工夫はしてみたいものだと考えています。

この記事が気に入ったらサポートをしてみませんか?