見出し画像

あれから25年生き続けた自分に、"Live Forever"をもう一度。

とてもとても悲しい、親しみのある人達が旅立つニュースが続く。

自ら死を選ぶということは、おそらく最後には衝動的なもので、病的なものだと思うので、考え方や励ましでどうなるものでもないのかもしれないけど

だからこそ、僕は歌うことや音楽に幾度となく救われてきた人生を、何度でも多くの人に伝え続けるべきだと思っている。

歌は本当にいいものですよ。自然に深い呼吸につながって、自律神経も整う。うまいとか下手とかそんなことは忘れて、人は誰もが歌ったら少しだけでも幸せになれると思います。

さて最近、とある仕事でストレートなバンドアレンジをすることがあり、改めて自分のバンド的な引き出しの要素の中に多大な影響を与えているバンドを再確認することになった。それがOASIS。

説明不要なくらい僕ら世代に大きな影響を与えたバンドなんだけど、なぜか最近YOUTUBEのおすすめによくでてくるようになって、何気なく見ていたらギャラガー兄弟の荒くれ具合とか、インタビュー和訳とかもたくさんあって面白かった。

そんな中で、タイトルにある名曲、Live Foreverの誕生エピソードを25年経て知ることができた。

要は、当時流行していたネガティブな思考の音楽に対してクソ喰らえと思って作ったと。

口の悪さがまた名物である兄弟だけども、そこがまたストレートに響くところだったり。

この曲を好きだった頃の僕はニルバーナも大好きで、思春期特有の色々なコンプレックスや社会への反抗を拗らせて、全てがだるいしもう生きてる意味なんてわかんないみたいな心持ちでずっといた10代後半の多感な時期。

今ならハードコアめなボカロ系の音楽にありそうな歌詞みたいな拗らせ感情は、ぼくら世代にもニルバーナのようなバンドを通してよく理解できる。

でも、意味もわからず聴いていたOASISのLive Foreverには、そういうネガティブな思考にクソ喰らえと思う気持ち、何も持っていない自分達は絶対になんでもできるようになるまで生き続けてやるぜというエネルギーが込められていたんだと、今になって知った。

それが、この時代のこのタイミングであったことも何かの偶然なのか??わからないけども、なんだかそう思って改めて聴いてみると、思い出と相まっていろんな感情が入り混じって泣ける。。

天才は早死にするだとか、芸術の世界のいろんな神話もあって、"ゆっくり消えていくより燃え尽きた方がましだ”という美学を信じたこともあったけど、

結局様々な恥をさらしつつ、たくさんの失敗を重ねつつ、それでも色々な人々の支えのおかげでどうにかこうにかかろうじてここまで生きてこれて、家族とのささやかな幸せを噛み締めるだけでもありがたい、と思えるようになれた今

永遠に生き続けるのはさすがに遠慮しとくけども、その魂だけは、持ち続けていたいと改めて思えた。こうしてまた一つ、音楽に救われて生きていけるなあと思えた動画でした。


この記事が気に入ったらサポートをしてみませんか?