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「地域文化資本」から「リジェネラティブ・ツーリズム」を読み解く(前編)

quodの一連の活動で得た知見を活かして、地域の文化資本を研究・分析する「地域文化資本ラボ」。今回のnoteでは、「地域文化資本」と観光の関係性、そこから見えた「リジェネラティブ・ツーリズム」の意義について書いてみようと思います。

域外産業が都市を発展させる

産業には地域の中の人に価値を提供する域内産業と、外貨を稼ぐ域外産業がある。例えばまちの床屋さんは域内産業で、ホテルなら域外産業だ。この二つのうち、都市の発展においては域外産業がより重要な役割を担う。

域外産業は獲得外貨を増やすため、余剰利益を使って道路を整備したり、イベントを開催したりする。するとインフラや文化基盤が整備されて、地域の生活クオリティが上がり、外からの人材の流入も見込める。この一連がうまく回ることで都市は大きく成長していく。

これは何も現代に限った話ではない。江戸時代には旦那衆が芸妓さんに投資することで花街の文化が発展したように、昔から続いてきた構造なのだ。

しかしある時期から、域外産業が地域に再投資する構造が崩壊し始めた。大きな要因の一つは企業のグローバル化だ。資本主義自体が悪いわけではないが、実態以上に価値をつくれるという虚数的・指数関数的な世界に向いてしまうと、企業は地域に投資することに意味を感じづらくなる。

では失われた循環を取り戻すためにはどうすればいいのか。

これはquodが一貫して取り組んでいる課題でもあり、立ち上げ当初、地域の再生に貢献している企業とエリアとの関連性をリサーチした。

当時の先端事例として深掘りしたのは、石見銀山の「群言堂」、富山の「桝田酒造店」と「能作」、石川の「小松製作所」、伊勢神宮の「赤福」、黒部に本社を移した「YKK」、直島にアート拠点をつくった「ベネッセ」など。

2020年実施のエリアリサーチより

また同時期に「JINS」代表の田中仁さんが地元の前橋で地域活動を行っていて、このリサーチで得た知見をもとにサポートさせていただいたりもした。

ちなみに田中さんが活動を始めたきっかけは、2011年に参加したモナコでの起業家の世界大会。欧米の起業家たちが自分よりもはるかに社会貢献をしていることに衝撃を受け、何かやらなきゃという意識になったそうだ。

こうした一連の取り組みを通して、失われた循環を取り戻すカギは「地域文化資本」にあることが少しずつ見えてきた。

観光を入り口に地域への再投資を行う

quodのプロジェクトは観光業にまつわるものが多い。内容は多岐に渡るが、共通しているのは、単なるツアー造成やホテル開発にとどまらず、その先に地域づくりが紐づいている点だ。

これまでの地域観光は、旅行者がその土地の価値を味わい、提供側が対価として利益を得るだけで終わることが多かった。しかし、消費され続ければ当然価値は毀損していく。この問題点に気づいた人々が同時多発的に地域への再投資に力を入れ始めたというのが、ここ数年の僕の体感である。

例えば富山のDMO(観光地域づくり法人)「水と匠」。DMOの多くは自治体の観光課が主体で運営していて、いわゆる”観光に携わっている人が観光のためにやっている”ことがほとんどである。一方「水と匠」は地元企業80社の寄付によってつくられた組織で、全国的に見ても珍しい民間型DMOだ。

そのベースには、観光で稼ぐのが目的ではなく、観光を入り口に地域への再投資を行い、その結果企業も利益を得られる構造をつくりたいという思いがある。「水と匠」が運営する散居村のアートホテル「楽土庵」も然りだ。

富山は昔からものづくりが盛んな土地で、厳しくも豊かな自然に恵まれ、浄土真宗の信仰によって誇り高い品格が形成されてきた。こうした富山の「地域文化資本」を観光の観点で見ると、広くあまねくというよりは、特定の層に刺さりやすい性質のものである。

そのため「楽土庵」では、体験価値や文化的意義を重視するモダンラグジュアリー層をターゲットにしている。コンセプトは「リジェネラティブ・ツーリズム(再生型観光)」で、宿泊・体験費の2%は散居村の保全に利用される。旅行者はリトリートで癒されるだけでなく、地域づくりにも貢献できるというわけだ。

参照:生きられる文化生態景観 –散居村・アズマダチ・カイニョ–

最近では日本でもよく聞かれるようになった「リジェネラティブ・ツーリズム」だが、「楽土庵」ではかなり早い段階からこのコンセプトを掲げていた。そのためメディアにも多数取り上げられ、先駆的な宿として注目を集めた。

オープンして2年が経つが、散居村の景観を未来につなぐ取り組みに共感した旅行者が地元作家の作品を購入したり、古民家に投資したいと申し出てくれたりと、新たな再投資のムーブメントも生まれている。

産業は無理でもプロジェクトならつくれる

白樺湖の「池の平ホテル&リゾーツ」も、観光と地域づくりが密接に紐づいている好例だ。

創業者の矢島三人さんは、地域の人々の生活を豊かにするため、終戦後すぐに湖畔の険しい土地を開墾。その後、登山客相手に宿泊施設を開業し、「池の平ホテル&リゾーツ」の前身ができた。三人さんのフロンティア精神は孫である現代表の義拡さんにも脈々と受け継がれ、今も変わらず地域づくりを経営の根幹に置いている。

quodでも、さまざまなプロジェクトを通して「池の平ホテル&リゾーツ」のブランディングや地域づくりに関わらせていただいている。地元有志と立ち上げたエリアアセットマネジメント会社「白樺村」もその一つで、地域のインフラ整備や空き家改修を行うのが目的だ。今年「池の平ホテル&リゾーツ」内に新設されたレイクサイドパークでは、「白樺村」が事業主となって桟橋づくりをサポートさせていただいた。

これらの事例のように、大規模な域外産業をつくることはなかなか難しいが、「地域文化資本」を活かしたプロジェクトなら僕たちにもつくれる。かつ、それが観光という文脈であれば対外的な価値を提供しやすい。小さいながらも外貨を稼ぐことができ、地域に再投資するという循環を生み出せるのだ。

では対外的な価値とは何だろうか。東京のような大都市では高層ビル街がそのまま観光の価値になり得るが、地方では同じようにはいかない。機能的資本ではなく、地域固有の文化的価値を見極め、磨き上げることが必要だ。こうした「地域文化資本」の追求が「リジェネラティブ・ツーリズム」を開発する糸口となり、地域の価値を守ることへとつながっていく。

後編につづく


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