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若手経済学博士の就職先

30年前にジョージア工科大学でMBAを取得。大学院のあるアトランタをあとにして東京にもどり最初からやり直し。日本コカ・コーラというところに就職した。コカ・コーラ本社はビジネススクールから見えるところに立っており、車で通学する傍らちらちら眺めていた。2年間、同じキャンパスに通いTECH通りからそびえ立つ本社がランドマークになっていった。

仕事をはじめてみるとコカ・コーラでの実務はビジネススクールで学んだこととはほど遠く、毎日が単調。新しいことをするような仕事はほとんどなかった。恐ろしいほど退屈だった。40人のSEはレガシーで固まっているひとたちばかりで第三世代言語(COBOL)のコーディングを専門にしていた。情報産業の変化に耐えうるはずもなかった。わたしにとっても90年代のITは激変であった。

大学院で学んだ新しいことをするつもりで入社した。ITを使って価格決定や商品開発、それらを企業戦略に関連付けてみる。そう期待した仕事はなく、売上データのみが利用できるだけでそれより深い分析をすることがない。売上といってもユニットとケースという種別だけ。エリアの区分があるもののそれでは地域の売り上げの傾向がわかるだけ。そんなこともあり、ひたすら暇をもてあますようになっていた。

そうするとなにかしらの危機感が自然と芽生えた。このままではいけない。ビジネスの博士号に挑戦しようか。当時35歳であった。大学院で会計学を教えてもらったDr. Charles Mulfordに連絡をとった。この無茶な挑戦について考えをお聞かせください。推薦状をいただけないでしょうか、と。そう問い合わせた。

恩師からは返信メールがきた。君のことは覚えている。挑戦したいのなら喜んで推薦状を書く。決まったら連絡が欲しい。やめておいた方がいいという文面はどこにもなかった。

このメールには驚いたことを記憶している。というのは、当時、東京で知り合った学者にも相談したところ、すべて回答はやめておいたほうがいいというものだった。MBAは実務向け。お金儲けに向いており、それを取得したのならば実務でキャリアを進めた方がいい。学術研究などして理論を延々と証明する。それを論文として書くようなことはやめておいたほうがいい。それに訓練されていないであろう。学問とビジネスでは程遠い。そんなことでわたしのキャリア構想はそこで頓挫してしまった。

9月10日、英紙エコノミスト誌が記事を発表した。経済学博士号を取得した人たちがシリコンバレーにあるIT企業に就職するという。Meta社(旧Facebook)は、10年ほど優秀な博士課程にいる学生に奨学金を出しており、最近は経済学博士も支援しているという。2年間の学費に加えて$42,000(600万円、為替レート145円)の支給があるという。博士号をとったあとにベイエリアにくる人たちが増えているという。

これはブームにもなっており4年前の20人あたりひとりから7人にひとりになった。大学に残りアカデミックな職場に就職せず企業に仕事を持つという。営利組織にいくなんて大丈夫なんだろうか。

記事によると年収が大幅に高いだけでなく、企業との双務的な利点があるという。コロナ過前においてGoogleであれば、平均年収は3千万。Meta社はさらにその上。そしてUberやLyftといったところも高給待遇であろう。ではどう過ごすのか。

リサーチをするひとにとってはほとんどがデータ解析をしている時間が働いている時間になる。データはチャートで表現され、通常はXとYの二軸の変数であらわされる。どの変数を使い、どうデータを統計処理するかが研究のほとんどに使われる時間といっていいだろう。90%以上を分析に費やしている、つまり、それが考えている(思考)ということ。

発表をする論文は形式が決まっており、(1)まとめ、(2)導入部、(3)データ分析、そして(4)結論という構成になっている。学術研究は一般向けではないためにやや難解な用語が使われる。権威あるジャーナルに採用されれば上出来だ。まず、出版せよさもなくば葬り去れ(Publish or perish)の慣習を企業の中で持つことができる。掲載された論文の引用数が増えればしめたものだ。

実証実験ではどの変数をどう組み合わせてデータ解析をするのかが問われる。そのことが仮説を証明する根拠になるからだ。こういった根拠をコツコツと検証していく。因果関係を導き出すことを得意とする人たち。経済学の博士号を取得した人は、論文を書けるのが強みである。その能力を活かしながら大学機関より高い年収のところで働けるのであれば申し分ない。

例えば、価格の変動が及ぼす消費者行動への影響ということが研究され論文になろう。シリコンバレーにあるIT企業がそのような環境を用意して研究者の仕事をじゃますることがなければいいではないか。過度の飲み会やBBQなどに誘惑されることなく、研究・出版に専念できる。

東京ではこのような環境であるとはいいがたい。不可能に近いことであろう。経済学博士がITの民間企業で研究に専念する。ありえないこと。たとえソフトバンク、楽天、そしてDeNAといった企業でもそれは許さないだろう。

今日、大学という研究機関での論文発表数が減ってきている。そこを民間に就職する。高い年収をもらい学術研究に近いことができる。これは理想的だろう。そういう就職先があることを期待したい。給料の低いところではさすがに研究にも熱が入らないであろう。論文は発表しなければなんにもならない。ゾンビ論文ではいけないが、雑誌に掲載されることだ。