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大学講師のアンガーマネジメント

30年前にアメリカの大学院を卒業した。あっという間の2年間だった。あの2年というのは現地でなければ到底体験できなかった。どんなにインターネットで授業が視聴できようが、教材が市販されていて、仲間を集めてグループワークをしようが、あれは現地で経験しないと得られないだろう。アメリカの教育というものはいまでも脈打つ。

一言でいうと、Amazing (すばらしい)教育だった。不思議ではあるけど、どれだけタフな授業であっても、どれだけ宿題が多くても、どこかつらいということはなかった。毎日、一瞬、一瞬、成長を肌で感じた。

そんなこともあり、今から10年前に企業勤務をやめて大学の講師としていくつかの大学で経営学の授業を担当してみたくなった。大学という環境であれば企業勤務で味わったような重苦しいストレスはためることはないだろう。教育を通じて若い人たちと交流ができる。

そんなことは無惨にも打ち砕かれてしまった。すべてがそういうわけではなかったけど、いくつかとても不快でがまんできず、なにやら怒りにも変わってしまうような体験をした。そのため、気分転換をして、怒りをどうコントロールしたらいいかに興味を持った。アンガーマネジメントということもある。

アンガーマネジメント協会というのが東京浜松町にあり研修を行っている。そこで研修を受けたことはないけど、大学講師になるひとたちは受けておいたほうがいいのではないか。あまり、詳しくはないけど、ポイントしては2点あるらしい。

ひとつは、怒りを覚えたら一呼吸おいたほうがいいということ。その時間は6秒くらいという。もうひとつは、怒りを無理にがまんすることはない、事実に基づいてはっきりといっていいという。

ただ、それはわかっていても、練習したとしても、なかなか実践できるわけではない。怒りを爆発させて思わぬ事態を引き起こす危険性はどこにでもある。千葉県の小さな私立大学で教えているとき。とんでもない経験をしたことを記憶している。他の講師のひとたちとよく講師控室で話をした。どのようなアンガーマネジメントをしていたかを書いてみます。

3,4年くらいすると教室内がどうも考えていたのと様子が違うことに気づく。大学生は授業の開始時間に教室にくるわけではない。3分の1くらいは必ず遅れてくる。そして60人の教室は、次第に埋まっていく。そして授業の開始から10~15分くらいは私語が止まない。出欠を機械を使ってとるために5分程度かかる。開始から20分くらいしてようやくまともに授業が開始できる。

シラバスを読んできていない。最初の数年はシラバスをコピーして配布していたこともあった。それでも読んでいない。どうも履修をした理由はスケジュールがたまたま空いていた。そしてほかに履修する授業がない。そんなところが理由だった。

30分以上、集中できない学生が多く、途中で退出をする学生がちらほら。2,3回、同じことを授業中にいっても理解してもらえなかった。レポート提出しない学生も数人いた。

まあ、少し学生の関心を引き付けてみようか。得意なテーマが浮かばない学生に向けてなにか形のあるものを見てもらおう。有楽製菓のブラックサンダーをコストコで買って配ってみた。何年か続けた。なかには授業が終わると、ごちそうさまでしたといっていくれる学生がいた。これはうれしかった。わたしはちょっと調子に乗って、次年度にも続けてみた。

あるとき、後ろの方でなにやら呆然として、ぽつんと座っている男子学生がいた。ブラックサンダーを配って、なにか関心が向けばいいな、くらいに考えていた。授業が終わると、その学生が前に来た。

その学生は、無言で半分、食べかけのブラックサンダーを出して、わたしの目の前にあるポリ袋の中にいれた。これには啞然とした。これをどう解釈したらいいんだろう。

ああ、そうなのか。食べかけを返すのか。口に合わないのなら、ひっそりとディッシュで丸めて、授業が終わったらどこかに捨てるということをしないんだ。おそらく、養育ということがうまくできていなかったのだろう。

多くの講師は学生に手を焼いていた。

ある時、こんな話を控室で聞いた。それは、教育実習を担当する先生からだった。学生の態度があまりにも悪い。授業中、イヤホンをつけてスマホでなにやらゲームらしいことをしている。授業中に近づいて注意をしてもイヤホンをつけているため聞こえない。聞こえないために態度を改めることがない。試験をしても及第点に未達。そのため、救済策として再試験をする。

その再試験にも遅刻をしてくるという。そのような大学生が将来、千葉県の中学、あるいは高校の先生になるかもしれない。その話をしてくれた先生は、怒りがなかなかコントロールできないという。

そこで私は聞いた。先生、どうされているんですか。返事はこうだった。

授業を終わった後にロックンロールを3時間くらい聞いて気分転換をしている。そうしないと気分転換ができない。そしてその先生が聞き返した。あなたはどうしているんですか。

授業が終わった後には3時間くらい河川敷を走ることにしている。そうもしないと気分転換ができない。それでも怒りが到底収まることはない。

今日、改めて怒りを考え直してみた。

アンガーマネジメントとは、事態を冷静に見つめ、ある意味、もう一人の自分がいて、いまどのような気持ちでいるのかを問うていることに近い。そのために怒りが一気にこみあげてきたときに、もうひとりの自分が、いやちょっと待て、6秒だけ、待ってみようと言い聞かせている。そうすることにより少し、一歩下がって冷静に状況を見てみよう。これは怒りに値することなのか。おそらく怒ることでもない。

冷静に見れば、期待をしすぎていた。であれば、期待を下げるということをしてもよかった。要は、不必要な問題を起こさなければいいのであって、講師と学生とのトラブルだけは避けたほうがいい。そう考えるようになった。

ところが、よく見ると前のほうの数人は結構まじめに授業を受けている。テストもレポートもきちんとしてくる。そのような学生と私語をやめない大半の学生が混ざるのはよくない。そのため、わたしにしては珍しく、少し静かにしてください、といったことがあった。それでもやめない。いって聞かないのならば、講師の責任ではあるまい。やめないのは、学生のほうの責任であろう。

それでもまじめな学生をもう少しなんとかできなかっただろうかと後悔することがある。というのは、彼らの中で何人かは学年が進むについて、成績が下がってしまっていることに気づいた。せっかく4年間あるのに成績が落ちていく。1年生のときのようなフレッシュな気持ちを維持でいない。なんともいえないほど残念だった。普通であれば、学力は上がっていくはず。

約10年、5つの大学、1200人、そして600回の登壇。なんとも口惜しい。現実の読みが甘かったのか。気分転換に膨大な時間を使ってしまった。やはり、現実を直視して、現実的な期待をし、不測の事態に備えてアンガーマネジメントを体得しておく必要はありそうだ。