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バルゴンの住む部落から来た娘と結ばれる

50年以上前の冬休み。学校が年末年始に入り家の中にいる時間が増えた。その時間は暇を持て余しやることがなくこたつでテレビを見ることくらいだった。カラーテレビも徐々に普及し始め歌謡番組と青春ドラマが多かった。娯楽といえばそんなことくらいだった。

50年の時を経て今日娯楽は十分すぎるほどある。インターネットは娯楽の宝庫であり探せばエンターテインメントでひしめき合っている。ひしめき合う中にあって家にいて映画をよく見る人が多いだろう。映画でさえ破格の値段で見ることができる。見放題で千円しない。ストリーミング配信により月々の課金もさらに下がった。無料配信というのもまである。

無料配信の中に大怪獣ガメラというものがあった。それを見たレビューはここに書いた。映画を見終わるとお勧めの映画が提案されていた。ガメラの続きとして新たな怪獣が出現。舞台は東京から大阪に移り二頭は闘争するというものである。

ストーリーは前作から半年たったところからはじまる。主人公の平田圭介(本郷功次郎)は飛行機の操縦免許をとったものの夢を捨てきれないでいた。観光会社を設立して空をいつでも飛んでいたい。そこで会社設立の資金稼ぎのため兄の話を聞き入れることにした。

兄は戦時中にニューギニア島でオパールを発見。洞窟に隠したというのである。見つけ出せば宝石商に高値で売ることができる。200億円ともいわれる巨大なオパールを見つけに3人で島に向かった。

なんとか宝物を探し出したものの仲間に裏切られた。その裏切り者は南の島で水虫になってしまう。神戸港で停泊し船の中で赤外線治療をしていたところ中断された。それによりオパールに長時間赤外線が当たってしまう。そしてバルゴンが誕生。持ち帰ったのはオパールでなく伝説の怪獣の卵だった。

自衛隊はなんとかしてバルゴンを撃滅しようと次々と作戦を実行する。長い舌から出す冷凍液を避けるため離れたところからミサイルの遠隔攻撃を試みる。しかし背ビレから放たれる虹の光によってミサイルはすべて破壊されてしまう。次に光を好む性質を使って琵琶湖に鎮めようとする。バルゴンは水が苦手であり水につかると死んでしまうという言い伝えがる。このダイヤモンド作戦を実行。しかし裏切り者の介入により妨害された。ダイヤもろともバルゴンに飲み込まれてしまう。

虹の光を反射し殺人光線を逆に放射させる反射作戦に出た。バルゴンは自滅するかに見えた。しかしこの作戦も限定的な攻撃にとどまり動物の本能でバルゴンは二度と虹の光を出さないようになってしまう。

さてこのニューギニアの伝説の怪獣を撃滅できるのか。

この映画では人間が欲を突っ張りとおしたときにいかに痛い目にあるのかというのがテーマとして描かれている。途中仲間が命をなくし兄まで命を奪われてしまう。後悔と失意の中にいたところ平田はニューギニアからきた美しい女性に惹かれていく。人々の命を守る使命をもった美しい女性カレン(江波杏子)の献身さに惹かれていく。

ニューギニアからもどって兄の実家にもどるとそこには裏切り者の小野寺(藤山浩二)がいた。そこで殴り合いになりなんとか小野寺を柱に括り付けた。縄で縛り付けるもののケガを負ってしまう。出血をカレンは止血しようとするのだった。そこで平田はカレンの想いを知る。カレンは看病をしている間に平田のなんとしても夢を追いかける誠実さに惹かれていったのだった。

次にカレンはニューギニアから持ってきたダイヤモンドで琵琶湖に誘導しようとする。しかし光にバルゴンは反応をすることなく作戦は失敗してしまう。カレンは失意の中にいるところ政治家から疑義をかけられてしまう。知事は痛烈に批判した。だから島の伝説などあてにはならないのだ。第一そんな大きなダイヤモンドなんかあるはずがない。カレンは泣き崩れた。そこで平田はなぐさめようと手を差し伸べる。

最後は戦いが終わった時。疲労した平田はこのままカレンをニューギニアに送っていくという。ほんのりと自分は家族を失いひとりぼっちになったという。それに対してカレンはあなたはひとりではない。わたしがいっしょにいるという想いを返す。

50年のときが過ぎこのようなストーリーや出会いが第二作にはあったのかと振り返る。相変わらず欲の皮の突っ張ったひとたちは東京にあふれているに違いない。ただZ世代の若い人たちは現実的であろう。お金がなくてもネットさえあれば幸せなのかもしれない。

家でごろごろとして無料配信はスマホで見ているだけでは幸せにはなれないだろう。平田のように夢を追いかけて一歩下がって二歩進む。会社を辞めてニューギニアに宝探しに行きそれを資金に会社を設立する。そういったことをしていく中で素敵な女性に会えるかもしれない。止血やなぐさめを経ていくなかで何かの闘争の中に自分の居所を見つける。

その旅の中にニューギニア出身で美しく聡明な女性がいてもいいではないか。