見出し画像

芸者さんになる人は少ない

30年くらい前にはじめてフィリピン・バーにいった。バーは桜上水駅の近くにあった。桜上水は渋谷から少し西に行ったところにある。その頃、渋谷周辺のことはほとんど知らなかった。そんなこともあり日本コカ・コーラの同僚が連れて行ってくれた。同僚の二人はそのバーによくいっているようだった。そのとき、わたしを含めて3人で行った。

当時のことは覚えていることが少ない。まずお酒を酌み交わした。なんかステージのようなところでショーがあったことをおぼろげに覚えているくらいだ。バーの中にいたのは4時間くらいだろうか。終電近くになって渋谷駅から帰った。翌日は土曜日で会社は休みだった。なにやら楽しい雰囲気だったことを記憶している。支払いは2万円くらいだった。

12月7日付の英紙エコノミストに最近の芸者が少なくなった。それでも新しいことに取り組んでいるという記事が掲載されている。記事によると100年間で8万人いた芸者が千人にまで減少している。80分の1まで減少。芸者になるひとが少なくなってきている。その理由が載っていた。

ひとつは芸者になってもあまり稼げないということがある。芸の依頼が少なくなり演舞の時間も短くなった。短い時間で8千円くらいにしかならないという。これではやっていけない。また芸者というもののイメージがことごとく悪く、中には芸者は売春婦ではないかという間違ったイメージがついてしまっているという。芸者にならなくても他の仕事につくことができるようにもなった。この点についてだけは記事には掲載されていない。

芸者をとりまく環境は厳しい。そこで最近の芸者は工夫をこらしている。ひとつはクラウドファンディングをして資金稼ぎをする。またズーム飲み会を主催してそこで資金を得る。そんな方法もあるらしい。芸者によってはライブハウスをオープンして経営する。それでもなかなか稼げないようだ。

どうも芸者になろうというよりはキャバクラ嬢になったほうがいいという勘違いもありえる。

そこでこの少なくなってしまった芸者をどうするのか。わたしの意見を書いてみます。結論からいえばもうこの芸者というのは日本からいなくなってもいいのではないか。そんな気がする。

もともと芸者は芸をするひとであって音楽、踊り、そしてエチケットといった伝統的な芸を正しく身に着けて振舞う人たちだった。ところがどういうわけか芸者というのはそういった芸術に近いサービスでなく、男性とのスキンシップを満たすようなサービスを提供するというイメージがつきまとう。そうなると芸ではなく、お色気をサービスする仕事だ。そういう芸者さんはいなくてもいいであろう。客がそれに対してあまり価値を見出さないのではないか。

十代の女性にとって芸者になるということがクールなのかどうか。クールかどうかはどうも怪しい。ダンス系のほうに進んだ方がいいのではないか。中学、高校からダンススクールは人気がある。

やりたいのであればチアリーディングというのもあろう。あのチアリーディングというのは見ていてだれでもなれるものではないだろうが。楽しむ側からしても芸者さんのライブハウスにいってそれだけのお金を払うことはない。なにか特別な芸を期待してしまう。そこまでの芸というのがなかなかないのではないか。

あの桜上水にあったフィリピン・バーはいまでもあるのかもしれない。そこにはフィリピンからきた女性が何人かいた。お酒に酔ったわたしたち3人は適当なことをいってなにかビジネスがうまくいっているようなふりをして楽しんだことを記憶している。

バーを後にするときにひとりの女性が、「わたしをどこかに連れて行って」と頼んできたことを記憶している。どこかに連れて行ってといわれてもどうしようもないだろう。フィリピンからきた女性たちはそれだけ生きていくだけで必死だったのかもしれない。

あれからあのバーには二度といくことはなかった。