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日本スケート連盟による金銭支援

おおよそ10年くらい前に企業勤務を辞めて大学講師になった。大学に通うようになったときふと気づいたことがあった。時間が余りすぎてなにをしたらいいかわからない。いつも朝7時に朝食を済ます。サラリーマン時代はすぐに電車に飛び乗っていた。1時間かけて都内のオフィスにいった。常に満員電車。特に北千住駅と西日暮里駅でギューギュー詰めのため体力を使い果たす。オフィスに着くころにはぐったりと疲れてしまっていた。

大学に通うというのはその点で助かる。満員電車に乗る必要はないからだ。教務課に申告をしておけば午後に授業を行えるようになる。そのためかわたしは授業の時間帯を午後にすることが多かった。満員電車はない。そうすると午前中多くの時間が与えられる。

さてそうなると朝の時間にかなりの余裕ができる。女房が食事の支度をしているときにキッチンからリビングになにやら音楽が流れてくる。その音楽は決まってフィギュアスケートの演技で使われる曲だった。そういった曲が毎日のように流れてきて耳に残った。サラリーマン時代には考えられなかったことだ。そうしているうちに10年くらいよくフィギュアスケートについて調べるようになった。

さてあるオンラインイベントでフィギュアスケートについて話をする機会があった。トピックを提供しなんでもいいから話すというイベントだ。わたしはこのフィギュアスケートについて調べているうちになにか腑に落ちないことがあるため参加してくる人にたずねてみた。

日本スケート連盟が強化選手に対して金銭支援をしている。これに対して賛否を問う。中でもフィギュアスケートの選手に対してどうなのか。金額にして年で1千万円の金銭的支援だという。1千万円というのは月にして83万円。これだけの支援をする必要があるのか。その財源は国民の税金だという。

わたしは金額についてとやかく言うつもりはない。スポーツをする上でお金はかかる。しかもスポーツが国民に対して勇気と感動を与え続けることは否定できない。またスポーツを通じて健康な身体をつくり維持することができる。ただ強化選手はもらった金を何に使ったのか。そういったことはある程度開示すべきであろう。それは以下の理由による。

ひとつはスケート連盟を何かしらの資金集めの道具にしないようにすること。次に選手に対して過度の競争意識を芽生えさせないこと。そして正しい報道をすること。

まずスケート連盟というのはあくまでも連盟であってアマチュア競技の公益財団法人であること。営利組織ではない。ところがフィギュアスケートはその人気の高さからコストをはるかに上回る利益を生むことができてしまう。入場チケットが高すぎる。数万円するというではないか。ここに需給の原理を持ち込めばチケットは高騰する。どんなに高くても1万円以内に収めるべきであろう。

つぎにフィギュアスケートへの人気の高さからか多くの若いスケーターが強化選手になりたがる。過熱気味ではないか。多くの練習生が地区の予選を戦いながら全日本選手権といった大きな大会に出場する。ここまでフィギュアスケート人口が増えてくるとその競争の過熱ぶりが懸念されよう。あくまでもアマチュア・スポーツでありプロとしてお金を稼ぐことが目的ではない。

そして報道の正当性が問われる。フィギュアスケートのファンはあらゆるところから情報を手に入れる。新聞雑誌はもちろんのこと。SNSによる情報発信は信憑性に疑問が残る。そのため多くのフィギュアスケートの選手がなにかしらの根拠のない批判にさらされていることは事実であろう。どんなにお金がからんでいようともアマチュアスポーツ選手としての位置づけを保持したほうがいいのではないか。

それにしても強化選手への資金の財源が国民の税金からまかなわれているというのはいかがなものなのか。フィギュアスケートというものがどこまで公益を満たしているか。アマチュアスポーツとして成立しているのかという疑問が残る。

この話題は大学の講義では使うことはなかった。大学生にとってもそれほど興味がわかないことであろう。ただし満員電車がなくなって窓から外を眺めているときにふと考えが浮かんだ。大学に講義にいく。いくばくかの謝金をもらう。そこには課税がされている。そのなかのわずかな税金がフィギュアスケート選手への強化に使われている。なにかお金の流れの中にちょっと腑に落ちないものを持った。

さて読者の皆さんはどうだろう。わたしは大学生には問わなかったけどこの話題に興味がある方はクラスメートと話をしてもいいのではないか。もちろんアイスショーの帰りにでもお酒を飲みながら話題にしてもいいだろう。