見出し画像

MBAは絶滅危惧種

30年前の7月。多くの日本人留学生がアメリカから帰国した。留学先はビジネススクール。そこで2年間軍隊のような教育を受けてビジネス戦士が誕生。あらゆる武器を備えた兵士が大量に東京の外資系に流れ込んだ。わたしもそのひとりであった。卒業をする前年に日本コカ・コーラ社がインターンを募集。そこにわたしを含めて8名の日本人が集まった。10週間という期間をコカ・コーラ内で他の職員と同じ仕事をする。残業はなく給料も週3.5万円というわずかなものだった。

しかしコカ・コーラ社は10週間、世田谷の寮を準備してくれた。加えて渡航費や都内でのイベントに参加させてくれた。週末に隅田川を屋形船で下るというものも含まれていた。わたしは家族を連れて参加した。

さて毎年7月1日に発表になるアゴスの留学実績。2023年度のMBA合格があった。主要な大学だけをピックアップしてこの記事に張り付けてある。過去3年間を見ると日本人MBAはどうやら絶滅危惧種に指定されそうな傾向だ。この背景を探ってみた。

MBA主要校合格者数一覧|アゴス・ジャパン

ありきたりの背景を述べるのではなく、わたし独自の推察を記してある。ありきたりなこととは学費、つらい勉強、そして帰国後の就職である。これは何度もどこかで語られていることもありさらりと語るだけにしておこう。

学費は2年間で2千万円以上かかる。いまは学部でも1年間8万ドル(日本円で1120万円)かかる。4年間で4480万円。それで学部卒だ。大学院はさらに上乗せだ。私費留学の場合は2年間仕事していないため給料は支払われない。会社も辞めていく。

28歳で渡米した場合を考えてみる。28歳であれば勤務をしはじめて6年くらい。おそらく8百万円くらいの年収はあるだろう。会社は勤務していれば可処分所得以外に厚生年金、健康保険、失業保険、扶養家族と手当を支払う。私費留学はそれらをすべて放棄することになる。これは金銭面でも大きい。

辛い勉強が控えている。読書量は膨大で遊ぶ暇がない。帰国後は経営コンサルティングか金融というのが多い。ざっとあげただけでも相当な負荷になる。普通は耐えられない。学力も英語力もなければ現地で病気になってしまう。ただこれらはありきたりなことでここで書くまででもないこと。

おそらくもっと重要なことがある。以下の3点である。時間のロス、学校の限界、帰国後の成功が保証なし。どういうことか。

アメリカのビジネススクールに留学してしまうと2年間という時間をかける。その時間がもったいない。相当な時間のロスである。渡米をしてアメリカで生活をはじめる。これはすぐにできるものではない。ひとりでいく。家族で行く。さまざまな形態があるにせよ。日本からアメリカにいって落ち着いて勉強をはじめるには最低でも1か月かかる。これは独身で身軽に行った場合だ。

わたしのように家族を連れて行った場合は3か月かかった。子供の幼稚園を探すこともあった。日本食品のスーパーを探す。家具をそろえる。銀行口座を開設する。生活をいちから始めなければならない。そこを考えると生活をスタートさせるだけでもかなりの時間がかかる。しかも卒業後にはかたづけて処分しなければならない。帰国前の数か月前から用意しなければならない。そんな苦労をしてまで行くことはない。

2年間のスタートとエンドに勉強とは関係ないことをたくさんする。日本にいれば発生することのない雑事に時間がとられる。これはビジネスを勉強する上ではとてももったいない。時間と体力がかかるだけでロスが大量に発生する。3か月から半年という時間は一度失われるともどってこない。

次に経営学を学校で学ぶこと。それには限界があるということだ。アメリカのビジネススクールはアメリカ人のためにある。日本人のためには用意されていない。教授も日本のことについて知ってはいるがビジネスをしたことがない。日本人の先生もいない。それに同級生に日本人が少ないかいない。

そのような環境に入っていく日本人留学生は毎年少なくなっている。いかなくて正解だ。先ほど張り付けたアゴスの統計を見てほしい。日本人がひとりもいない学校が増えている。わたしが留学したころはMITやシカゴは講義中心で討議が少ないため人気があり20人が一学年にいたということもある。そのひとたちが帰国して同窓会をつくったりしていた。

ところが同窓会も先細りをしはじめて会員数も減ってきている。よくないのは会を切り盛りするひとがいないこと。世話をするという雑事をビジネススクールの卒業生はやりたがらない。プライドが許さない。

会費を集めようとしてもだれも払わない。最も期待はずれなのは同窓会で会員が期待している仕事の紹介がほとんど行われていないという事情がある。学校は学校であって卒業すればそれで終わりだ。その後の面倒は会員は見ない。よほど面倒見がいい人からの紹介がない限りは仕事はジョブマーケットで探さなければならない。

紹介したがらないのはあたりはずれが出てしまうからだ。MBAは安い給料ではない。ボランティア活動などだれもやりたがらない。

そしてこれが最大の減少の背景のひとつであろうことがある。これだけお金をかけて30歳で帰国した。さあ経営コンサルティングやファンドの仕事が待っている。そういったところで結構いい年収をもらえるはずだ。留学前とは格段に良くなり1.2千万から1.5千万といった数字もありえる。中には2千万稼ぐひともいよう。これは事実だ。年収はアップする。

しかしそれだけ稼いだとしても長い目でみると成功しない。一時的に年収はアップするが長続きしない。日本で成功をしている30代の半ばから後半のひとたちはアメリカのMBA取得者ではない。20代のころから大学でスタートアップの仕事をしていたり大企業に勤務しながらも独自のネットワークを国内で築いて活躍しているひとたちだ。

そのひとたちが部長という役職がついて2千万円の給料をもらうには40歳くらいだろう。この20代後半から30代をどのように東京で過ごしたかで決まる。40歳のときに部長になれるかどうか。そこが分かれ目になる。2年間海外に行ってしまった場合は可能性が低くなる。

激しいビジネスでさらに上を目指して50歳くらいで大きく活躍できるかどうか。そんな成功か失敗かがかかっているときにアメリカのビジネスだの英語で討議だのということにはならない。東京では日本のやり方で日本語で討議する。

そういった中でアメリカのMBAに2年間いってしまうと成功という機会を逃す。帰国しても成功しない。ことごとく失敗している例が多い。特にアメリカから帰国した直後はアメリカの文化に慣れており逆カルチャーショックが訪れる。

そうなってしまうと修正が難しく仕事で成功しなくなる。これができるのは親が裕福で一生お金に困らないのならいいのかもしれない。アメリカにいったことがどちらかというと負債になってしまう。

MBAはつらいだけで成功しない留学に成りつつある。やめた方がいい。そのような無謀なことをしてリスクを背負うことはない。アメリカは分断されおりアジアへの批判も多い。中国のことは敵とさえ見なしている。そういった背景の時にわざわざいくひとがいたとしたらこれはちょっと狂っているとしかいいようがない。

わたしが帰国した頃確かにMBAは多かった。それが次第に少なくなってどうやら絶滅危惧種に指定されるのではないかという状況になってきた。これもしかたないであろう。MBAを持って成功しているひとが少ないのだから。

MBAを持たなくても日本の大学を4年間卒業してなんとかやれる。大きく成功はしなくても失敗しないで働いている人が多くいる。親からお金を出してもらうことなく自分で借金をすることもなく。大卒でこの東京でやれるのだ。ビジネスでも失敗しないで十分にやっていける。大きな飛躍やムーンショットは目指すべきではない。

確かにMBAは心理的優位性を発揮できる。間違いはない。自信がついてビジネスのことがうまく説明できるようになる。これはアメリカでMBAをとってきたひとが口をそろえていう。

しかしそれだけではうまくいかない。それがわたしが帰国後30年で痛いほど味わったことだった。何が起きているかは理解ができて説明はできる。わかるというのはうれしいことだ。しかし職場にいる日本人はそのように反応しない。ビジネスはあくまでもお金稼ぎだ。結果が伴わなければ説明ができても満足はしない。

別にMBAを特別視はしない。なくても給料は十分にもらえるのだ。東京でアメリカの知識を頭の片隅に持つ必要はない。MBAを持っていたからといって日本人であってアメリカ人ではない。アメリカのビジネスのやり方を言語化して動いているわけではない。いたずらに言語化することは喜ばれない。そういった不必要な要素を職場に持ち込んでしまうとかえって煙たがられる。社内で苦しくなりやがて海外MBAのネットワークのほうに逃げ場を探してしまう。そういう連鎖にはまる。

お金をかせぐことがビジネスであって知識だけ増やしてもしかたない。知識で勝負するのは大学か研究施設である。