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ビジネス教育の犠牲者にならないように

東京は暖かくなってきました。暖かくなると外に出て公園を散歩したくなるものです。散歩をする公園といったら日比谷公園。そこは都心にありながら比較的広くてのんびりと散策ができます。この散策ができるというのがなにより。そして日比谷図書館が絶好のロケーションにあります。

35年前の今頃、わたしはスイスの投資銀行に勤務していました。オフィスは新霞が関ビルにあり、昼休みには日比谷公園の方まで歩いたことがあります。そこで見かける日比谷図書館。ふと立ち寄ってしばらく本を閲覧したこともあります。

そのころのわたしは、疲弊していても外資系投資銀行に就職したこともあり、かなりの勢いがありました。その勢い余ってか、仕事をするなら業界一位のところで働こう。なにがなんでも一位でないといやだ。二位に甘んじることはがまんできない。そういったことをぼんやりと考えていたことがあります。

35年が経過し10年前に大学講師になるまで6社で勤務をしました。希望をかなえれたのは3社。つまり五分五分であり、1勝1敗といったところ。業界1位というのはどうやって獲得するのでしょう。

経営理論の中にRVB(Resource Based View)、企業内部の経営資源に競争優位の源泉を求めるアプローチがあります。ユタ大学のジェイ・バーニーが提唱者として有名で著作も出版されています。その勉強会が週末にありました。

競争に勝ち業界1位になるには、以下のような道をたどるとあります。まず企業内に技術がある。それを使ってなにかを発明をする。模倣困難なものができる。だれもまねできない商品を作る。つぎに強い組織をつくり、売り出す。市場に出回ると次第に売り上げがあがり、業界でシェア1位を獲得する。その結果、利益を得ることができる。

そこである参加者から質問がありました。2位以下に甘んじている場合はどうしたらいいか。希少性のない商品で平凡な組織で働いている。平凡な社員しかいないところではどのようにしたらいいのか。そういった質問でした。

Googleをとりあげて説明してみます。Googleは、きわめて独自な技術、検索エンジンを技術として社内に持っています。広告業界を破壊して、独自の広告媒体として台頭しました。Chromeブラウザのシェアは業界1位。3分の2のシェアを獲得しています。その結果、時価総額は100兆円。2021年の売上は30兆円。11万人いる社員の平均年収は3千万円です。この年収の数字は平均であり、うのみにしてはいけません。

CEOは、年収2億円で、これまでGoogleで280億円の報酬を受けてきたといわれます。

ところがGoogleは独占禁止法違反の疑いをずっとかけられています。それをしのぐためにロビイストを雇い米国議会に圧力をかけています。またプライバシー保護団体からも批判を受けています。Chromeブラウザを使うユーザーの閲覧履歴を広告主に渡しています。サードパーティー・クッキーという技術を使い。批判のかわすためにTopics APIという技術を展開する予定があります。はたしてこの技術で広告主は満足するでしょうか。Googleといえども万全ではありません。

日本の企業ではどうでしょう。独占禁止法の疑いがあるといって法律に訴えて勝てることはあまりない。法的手段というのがきわめて限られています。そうした場合はどうしたらいいか。ある種の特別な技術を保有していない会社で平凡なひとしか集まらない。

そこでわたしが考えたのは、小さいことを積み重ねるしかないのではないか。何千といわれる小さなことを地道に続けるしかない。かつてトヨタ自動車がいまほどではなかったとき、従業員ひとりひとりが改善に努めた。工場でプロセスに異変があれば、あんどんを引いて警鐘を鳴らすことにした。

そんなことを思い出しました。同時に理論ばかりが先行すると加重平均やマーケティングの4Pということばかりが気にかかるようになるのはいかがなものか。そうなったらビジネス教育の犠牲者になってしまうのではないか。ビジネスの実践というのは理論で事象を説明することではない。

そうではなくて適切なタイミングで電話をかけ直す。メールには必ず返信する。そういうことの繰り返しでかろうじて競争できる。わたしは経営理論の勉強会にくる若い人のことが気がかりになる。ビジネス教育の犠牲者になるのではないか。働き盛りにひとがそうなってしまうのかと憂いている。

いまでもときどき日比谷図書館に出かけることがあります。バーニーの本を持っていきしばらく読書する。そうすると若い美しいひとが同じようなタイトルの書籍を持って読んでいる。こんなにいい天気なのに何をしているんだろう。まさか経営理論などを学んではいないであろうね。そんなことを過度に続けていたら、ビジネス教育の犠牲者になるのではないか。

書籍の中だけで語ることしかできない世間知らずになってしまう。実務でより重要なのは、理論で因果関係を説明することより、人の苦しみを理解すること。人の気持ちを読むことのほうがはるかに大事。

本を読むよりは、ボーイフレンドにメールしたらいいのではないか。ふたりで日比谷公園の散策を楽しむ。これまで影響を受けてきたことを話して男女の絆を深める。将来の子供の育て方についてゆっくり語る。その方が人としての基礎固めになるのでは。

ため息をついて、日比谷図書館をあとにし日比谷公園を散策しました。ビジネスの実務をするひとにとって経営理論の解説本はほとんど役に立たない。理論を使って説明できるビジネスの現象はせいぜい2割程度。本から学ぶことはなにもない。ビジネス教育の犠牲者にならないように。