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海外MBAが絶滅危機にある背景

30年前にアメリカの大学院を晴れて卒業した。修士号をとるというのはぞっとするくらい大変なことであった。24科目を2年間で取得する。そのための勉強量というのは半端ではない。アメリカの学部に留学経験をしたことのあるわたしは、勉強のハードさがわかっており少しは準備が整っている。そう勘違いをしていた。

学期がはじまると授業が朝からあった。9時に始まる授業では熱のこもった講義と学生を交えた討論が行われた。アメリカ人は一般的に自分の意見を言わなければ気が済まない、他者に認められないという前提で授業を受けに来る。実際そのとおりだった。発言をするひとほど成績がよい。

教室で意見を言わない人はどこか冷めていて関心が低いとも受けとられてしまう。あえていうとしべらないのは能力が低いとも思われる。静かにしているともっと願望を口に出せとヤジが飛ぶ。

わたしも30歳をすぎて、まわりからヤジられるとは思わなかった。というのはそれまで日本人の中にいると少し騒がしいとまでいわれていたからである。

今日、海外MBAにいく日本人は極めて少なくなった。喜ばしいことである。渋谷にあるMBA受験予備校アゴスによるとその傾向は顕著に出ている。ここ最近4年間の合格実績が公開されている。

出所 アゴス MBA合格実績

それによると主要MBA16校への合格者はかなり少ない。その中でも代表的なハーバード大学、スタンフォード大学、MITにおいて減少傾向ははっきりと現れている。中にはアメリカ国内において非常に評価の高いビジネススクールへ日本人は行かない。合格実績がゼロが続いている。

例えば南部の優秀なビジネススクールとしてよくあげられるデューク大学。そこにいく日本人はいない。合格実績ゼロの年があった。デュークというのは名門であって、アップル社の社長ティム・クックが卒業した大学院である。

また南部のハーバード大学として知られるダーデンには4年間でたったの3人しか合格実績がない。ここ2年間は合格していない。おそらくだれも出願しないのだろう。

さらにNYUやペンシルバニア大学ウォートン校は少ない。ここを卒業すれば金融のプロとして迎えられる。現地でも評判が高く、ウォールストリートへの就職が開かれる大学院だ。そういうところには日本人の合格実績がない。NYUへは今年はゼロ。ウォートンは4年間で2回もゼロの年があった。

中でもトップには行かない。ハーバード大学にはたったの2名、スタンフォード大学には4名、そしてMITには5名と少ない合格実績になっている。その背景は何なのか。それは高い学費、低い成功確率、苦労する長い道のりがある。

高い学費

はじめに学費が高いということがある。2年間で3千5万円かかる。この数字はハーバード大学ビジネススクール(HBS)のホームページから計算したものだ。公表されている数字は1年で$119,000。2年でその倍の数字になる。現在の対ドル為替レートで換算すると3千5万円になる。

これは大変な数字である。というのは2年間で720日ある。360x2=720日である。1日当たり4万8千円を消費する。これは15時間勉強しようが、休日に野球を観戦にいこうが消えてなくなる。何もしなければ1日約5万円が飛んでいくという計算だ。もとがとれるのだろうか。

よほどお金持ちでないといけない。それでもお金持ちにとってはなくなったのがお金だけであればまだましであろう。

そもそも卒業証書にそれだけの価値があるのか。これだけ入学する人が少ないには他に理由がある。どういうことかを次に書いてみよう。

少ない成功

次にMBAをとって帰国したとする。そしてキャリアを積む。ところがMBAを持っているからといって誰でも成功するわけではない。成功をしている人はほんのわずかである。

むしろ2年間でアメリカ人と同じようにビジネスでお金儲けができると錯覚をして帰ってきてしまう。わたしもそのくらい勉強したと思い込んでしまった。しかし東京ではそれほどうまくはいかない。日本にいて日本人とビジネスをするからだ。東京はアメリカではない。

それどころか討議だけは得意になったつもりで会議に出てしまう。そこで積極的に発言をすると周りから煙たがられる。会社の中で浮いてしまう。周りの目は冷たくなり、意見をいうことがかえってマイナスに作用する。日本では経営者への目線はますます冷ややかになっている。信用がおけないということすらいわれる。上を目指さない方がいい。

アメリカでは意見をいうことがプラスになる。自分の意見を言わなければ他者に認められない。存在すら認められない。意見をいって成功すればさらにプラスである。こういったことが日本にはない。

日本では会議で意見を言おうが言わないが差がつかない。だまっていることでエネルギーが節約される。よそ見をしているものさえいる。意見をいって失敗すればマイナス評価になる。それが1990年から失われた30年で起きたことであった。

積極性は裏目に出る。なので皆、会議ではだまっている。聞き上手が評価され、話し上手は評価されない。聞いている方が楽だからだ。そういったなんの価値も生み出さない社内会議が延々と行われる。

そういったところから日本人MBAは成功する人が少ない。日本ではMBAを持っていなくても低姿勢で静かにしているだけで給料がもらえる。

しかし中には成功している人たちがいる。サントリーの新浪社長。DeNAの南場社長。そして楽天の三木谷社長といった堂々たる顔ぶれがいる。彼らは資産家でありいずれもハーバード大学でMBAを取得している。公開討論をしてもその内容はすぐれている。

ただあそこまで来るのに順調であったわけではない。新浪社長は三菱商事時代に給食事業の立ち上げに苦労をした。社員食堂の入り口前で商事職員に対してプロモーションをしていたこともある。南波社長にしても苦労は絶えなかった。DeNAの前身である事業を立ち上げようとしたときにオークションサイトではシステムが最初の頃はうまく動かなかった。

こういった地道な苦労をアメリカのトップスクールにいったひとがわざわざ帰国してするとは考えられない。楽にお金を儲けたいと思う人が多いはずだ。MBAは楽ではない。そこから新規事業で成功するのはさらに難しい。

三木谷社長もソフトバンクの孫社長と通信市場において戦いをしている。野球でもそれぞれオーナーになって楽天イーグルスとソフトバンクホークスのオーナーになっている。鷲と鷹の戦いといった構図である。ベンチャーは戦いばかりで決して楽ではない。勝つか負けるかである。そういうところに若い人はいきたがらない。

長い道のり

このように成功者は少なく、成功するまで苦労をする。そういった背景があって誰も行きたがらない。お金はかかる、苦労して卒業をする、しかし帰国して相当の苦労をしても成功が約束されていない。むしろ苦労に苦労を重ねるだけになってしまう。

そうなるとどうなるか。多くの人はMBAをとったとしても病気になってしまう。国内ではお金もそれほどもらえるわけではない。お金がなければ東京で幸せに暮らしているかというとそうとも限らない。そこまですることはないだろう。道のりは途方もなく長い。

ではどうしたらいいか。

解決策

日本人は海外MBAにはいくべきではない。その選択肢を持たないことだ。

東京にすでに日本市場でしっかりとビジネスを学べる学校がある。そのひとつは麴町にあるグロービスである。ここは社会人がビジネスを学ぶところとして適している。日本語で授業をしてくれる。わざわざ英語でビジネスを学ぶことはない。グロービスであれば会社を辞めていく通うこともない。講師にも優秀な人が多い。学長はハーバード大学でMBAをとっている。こういったものが国内で準備されているのだ。

もうひとつはどうしても英語で学びたいのならば九段下に一橋大学ICSがある。1年で卒業できること。国立のため学費が安いという特徴がある。わざわざアメリカに行く必要もない。教授はアメリカの大学院を出ており博士号を持っている人もいる。そういった利点がある。アメリカにいって2年かけて現地に溶け込む必要はない。その後に帰ってきてもまた最初からやりなおしで東京で同じ条件で就職ということになってしまう。

日本人にとって海外MBAは絶滅の危機にある。たとえ行ったとしても現地で金融かIT分野で仕事を探すしかいい待遇は望めない。ウォールストリートかシリコンバレーにいけば別だ。しかし特別待遇が待っているわけではない。就職をするのはたいへんな難関で必ずしも日本人が成功できるわけでもない。

海外MBAは現実的ではないだろう。日本人にとっては居心地の良い東京がある。生まれ育ったところであり、親戚や家族がいる。