見出し画像

旅行ガイドはおもてなし

2002年の8月末。わたしはアイ・ツー・テクノロジーズという会社にいられなくなった。2000年にITバブルが崩壊。株価による収益にたよっていたアイ・ツーにもリストラの波が押し寄せてきた。一時はサプライ・チェーン・マネジメントの代表格に君臨していたのに。ついにこの会社にも影響が出始めた。品川にあったオフィスには180人もの正社員がいた。

9月までに3分の1にあたる60人は解雇された。会社からは1ヵ月分の給料を出すからオフィスから出て行ってほしいということだった。わたしは次のところにあてがあるわけではなかった。それでも当時、三菱商事からきた社長が救ってくれた。古巣の三菱商事グループに受け皿を用意してくれた。そこはグループにある5つの会社を合併。IBMとの共同出資でくっつけてアイ・ティ・フロンティアという会社をつくった。そこに入社することになった。

わたしは入社してまもなく17年渡り歩いた外資系のキャリアはもうあわないと決めかけていた。辛すぎた。日系企業で働くことにした。日系であるからして当然のことながら日本人ばかりのオフィスだった。まもなくしてこのままだと外国人の人と話すことがなくなる。それが違和感になってどこかガックリと肩をおとして週末を過ごしていた。

そんなときに女房が新聞で見つけてくれたボランティアの団体があった。旅行ガイドの活動を載せた記事だった。そうして2003年4月からボランティアとして台東区浅草の旅行ガイドを始めた。毎月1回と決めて外国人観光客に向けて浅草を案内した。コロナがはじまりそろそろ潮時と決めて18年間続けたガイドに終止符をうった。

あるオンラインイベントでこれから東京で旅行客は増えるのかという話題があった。

イベントに参加してきたひとたちは5人。シニアの男性が3人。若い男性1名。そして中年の女性が2名だった。ほとんどのひとはおそらく旅行客は増えるのではないかという予想をたてた。わたしはこれまでコロナで日本にこれなかった外国人のひとたちが増えるのではないか。今のような円安、一ドル146円というのは来日旅行客にとっては好都合の条件がある。そのため旅行客は増えると回答した。

しかも若い人で興味を持っているならばボランティアガイドをするのはどうかと提案してみた。東京にはさまざまなボランティア団体がある。浅草にある東京SGGクラブというのは会員だったところだ。会員数は130名で一定。出入りが一定ということだ。そこではほぼ毎週のようにボランティアができる。浅草だけでなく皇居や築地でも活動できる。英語をしゃべる練習にはもってこいの場所である。気楽にはじめれる。

ただここで18年ボランティアを経験したことからいえることがある。旅行ガイドに必要なのは英語というよりもおもてなしの姿勢といえる。どういうことか。このおもてなしというのは旅行者が日本に来てよかった。また来日したい。そして歓迎を受けたという印象が残るようなサービスのことをいっている。

確かに英語は使う。しかし浅草の歴史や観光名所のことはまず日本語で学んだ方がいい。ある程度の知識がついたのならばすぐにボランティアとしてデビューしたほうがいい。ある程度やりながら慣れていく。SGGでは研修もある。研修だけ受けていてももたもたしてやらなければうまくならない。練習をしながらうまくなる。そんな姿勢でよいだろう。途中から気づくけどことばよりもガイドとしてなにが要求されているか。そこが必要になろう。

資格やことばの熟達度であるよりもおもてなしができるかどうか。そのためには浅草の地形を頭の中にいれておくことだ。ガイドはたいてい6~7人を相手にする。10人は多すぎる。2人は少なすぎる。ある程度人が集まって実施する。そうするとにぎやかな浅草の仲見世では迷子になるひとも出てくる。一度わからなくなるともとの場所までもどることにもなりかねない。地形が頭の中にはいっているほうがよい。それには何度か歩くことだ。

地理情報と距離感覚。そして2時間は歩くのでそのための体力が基礎として必要である。これはおもてなしをするための必要条件にあたる。SGGクラブではシニアのひとたちが多かった。そのため熱中症に気をつけるということで30度以上の日にはボランティアを実施することはなかった。しかし中にはそんなことを気にかけずに実施したために熱中症になったということがあった。それではおもてなしのサービスを与えることはできない。体調管理も必要になる。

おもてなしをしておくといい仕事はいくつかある。たとえば航空会社の添乗員。そのひとたちは旅行客に対して歓迎の意をこめてサービスをほどこす。JALやANAではそのための研修がある。SGGクラブの研修においてもJALの研修担当の人がきておもてなしとはなにか。それを説明してくれる研修が会員に対して実施されていた。

また地形、距離感の次に必要なのはボランティアとしてどこまでサービスを実施するかという決めごとをしておくことだ。そこまでを施すという線引きをしておく。度を越したおもてなしはする必要がない。例えば旅行客が富士山に行きたい。そういったとする。その場合は富士山についてどうやったらいけるのかというだいたいのことと富士山についての基本情報をしゃべるだけでいい。宿泊施設の手配や電車の経路を調べる必要はない。それは旅行代理店のひとたちの仕事であってボランティア観光ガイドの仕事ではない。

そのような依頼があれば旅行代理店にいってください。それは浅草観光センターのカウンターにいけばわかります。それを示すだけでいいのだ。それでもおもてなしであってそれ以上のことは観光ガイドとしてやる必要はない。これは経験が必要だ。ついボランティアとしてなんでもサービスしようと考えなくてよい。また知らないことは知らないといえばいいのである。

さてコロナが終わり海外から旅行客はたくさんやってくる。それを機会に観光ガイドのボランティアをやってみてはどうだろうか。特に東京にいる大学生の皆さんは月1回だけ土・日のどちかに実施する。外国人のひとたちと2時間なにげない交流がうまれるであろう。

英語ではない。おもてなしをしたいという意思があれば十分にやっていける。地道に続けることが大事であって長く続けていくほど良い。SGGクラブによると30年続けている人もいるという。わたしは18年であったが英語をしゃべりながら観光ガイドができるだけでよかった。しかも歓迎の気持ちを表情として出せば喜んでもらえることがわかった。ボランティア活動である。プロとしてやるわけではない。おもてなしとしてトライしてみたらどうか。