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李稻葵 中国と世界の新常態とは何か? 2015

李稻葵は清華大学「中国と世界経済研究センター」主任。なおこの論稿の書誌事項は以下の通りである。
李稻葵《什麽是中國與世界新常態》載《新常態下的變革與決策》中信出版社·2015年pp.15-19

p.15   中国と世界の新常態とは何か

 経済成長の緩慢化現象の背後の基本的内容は社会経済制度の転型である。そのうち先進国(発達国家)の新常態の基本特徴は社会経済体制の「左旋回(向左轉)」であり、中国やほかの新興国家のそれは「右旋回」である。
 新常態はリーマン(本輪)金融危機爆発以後、近年国際上、途上国(発達国家)経済と金融状況の描写でよく用いられる言い方である。この言い方は最近2年間冬のダボス世界経済会議で頻繁に登場した。そして中国経済が2013年から成長速度がそれまでと比べて明らかに低くなった発展段階に突入を始めると、新常態はまた中国経済の新たな形勢を叙述するのに繰り返し使われている。
 新常態は中国と世界にとって一体何を意味するのか?この問題に対する判断は、疑いなく、中国経済、社会そして企業に関連して決定する重要課題に作用する。以下我々は、先進国、中国以外の途上国、そして中国の三つの経済体に分けて、それぞれで発展している新常態を分析する。長年の需要分析とさらに数値分析の研究の枠組みによるものだが、精度は下がるとともに落ちるものである、本文は今後三年から五年を予測したものである(本文の時間窗口は今後三年から五年の中期発展段階に設けたものである)。

 先進国の新常態

 国際金融危機爆発後6年が経ち、先進国は続々と危機後の回復過程に入った。英国、米国、危機が深かったギリシア、スペインでさえも、すでに全面的に危機から次第に出始めている。不断に傷を修復し危機を引き起こした深層の問題を調整する段階にある。
 英国、米国などの国にとって、新常態は経済全体の成長速度が危機前に比べて落ちることを意味している。しかし最も重要であるのは、これらの国家の危機後の成長が主として、金融、不動産、ハイテク(高科技)、ハイエッジ(高端)サービス業などの領域で、それゆえ直面する最大の問題は経済発展と経済回復過程中の社会矛盾といかに折り合いをつけられるか(如何協調)。なかでも突出した問題は、グローバル化した大きな枠組みが先進国で大量の技能の低い人々の経済競争力を失わせた
p.16    ことである。米国を例に取ると、失業率が不断に低下しているにもかかわらず、大量の人口が長期失業しており、すでに失業統計から外されている。それゆえにある人は、米国の回復は豊かな人の回復であり、収入格差は拡大していると述べている。英国では、経済成長速度が低くなっているだけでなく、労働者の賃金も下がっている。これは英国人ですら全員が特に(分外)驚いている経済現象である。
 分析を総合すると、西欧先進国の新常態の主要特徴は、グローバルな圧力の下、経済社会体制と政策が「左に旋回しており」、分配の公平性をより強調しているということである。市場の規制(機制)特に金融市場を制約すること(約束)を強調し、同時に社会の高収入な人々からの税収を強めることもありうると。この点は最近、フランスの経済学者ピケティの『21世紀の資本論』が引き起こした議論が一定の論拠を提供している。

 中国以外の新興市場国家の新常態

 中国以外の新興国は、リーマン金融危機初期に受けた影響は比較的限定的だったが、2009年から、先進国が大規模に量的緩和そしてその他の金融緩和政策を進めたあと、大量の資本が新興市場国家になだれ込んだ。加えて中国経済が迅速に回復したことがもたらした多くの商品需要の高まりは、新興市場国家に一場の繁栄をもたらした。旺盛な発展という喜ぶべき連鎖(格局)であった。不幸であったのはこの発展の基礎が牢固出なかっただけでなく、多くの国の市場規制もまた牢固でなかった。マクロ管理も十分に安定(穏健)でなかった。それゆえ2013年初めから、米連邦準備が緩和政策からの逐次退出を宣言すると、新興市場国家は資金撤収の攻撃にさらされた。予想されるように、先進国の金融政策調整の影響のもと、これらの国家の新常態とは経済全体の成長速度の低迷であり、この低迷の過程で一部の新興市場国家は市場化に向けた経済体制改革を進めざるを得なくなった。
 それゆえ新興市場国家の新常態の基本テーマは、低成長時代にあって経済体制改革を進めることであり、成長のため制度の基礎を創造すること、簡単にいうなら「右旋回」である。一部の国家はこの機会に改革を進めることが出来たことが認められる。改革を回避できた一部の国家は、将来さらに困難な情況に向かっている。

 中国経済の四種の新常態

 多くのアナリストは認識している、中国経済の新常態の基本点は成長速度が次第に低下することであり、それにより債務水準も次第に調整されると。私の見るところこの分析は完全ではない(不一定全面)、その原因はこの分析はあまりにマクロ経済の表現に集中しすぎている、我々に必要なのは中国経済新常態の内実にさらに深く入った分析である。すなわち、
p.17    潜在的でとても重要な経済、社会現象が、中国のマクロ経済の新常態表現を決めている。総合的にみるなら、中国経済の新常態は4つの方面で重要な表現がある。

 一、新旧成長ポイント(点)の往復交代
 これは中国経済新常態の最も明らかで最も突出した特徴である。中国の古い成長のポイントは二つある。一つは輸出で、二つ目は不動産である。それらは次第に、一定(役割を)繰り返しながら引き下がる。その中で輸出の成長は、直接国際経済波動の影響を受けて各種の波動を繰り返す。全体的に言うと、中国経済の体の大きさが不断に成長すると、世界は中国の輸出の持続的成長を支えられなくなる。それゆえ輸出そして貿易差額が中国GDPに占める比重は不断に低下する。しかしこの過程は直線的でなく波動的である。
 中国都市住民における基本住宅需要を満足させるという大きな背景に押され、加えて金融市場の調整が人々の投資収益率(回報率)を跳ね上げた。(この)不動産の成長もまた波動して(波動式)下降している。これらの古い成長のポイントの波動しつつの下降と、新たな成長ポイントの不断に波打つ上昇とは、全マクロ経済の成長に陣痛をもたらしている。
 中国経済の新たな成長ポイントは三つある。第一は長期性の公共消費型基礎建設投資である。これらの投資は高速鉄道、地下鉄、都市公共施設の建設、空気と水の汚染対策など。第二は各種の生産能力の転型とレヴェルアップ(昇級)であり、高汚染、高エネ消費の産業能力のレヴェルアップを含む、これもまた線型ではありえない、順調に上昇する中で必ず波動がある、これと資本市場の融資コストの高低さらに政府の産業政策の調整は密接な関係がある。第三は居住者の消費であるが、中国の居住者消費のGDP比重は毎年0.7%上昇、目前47%前後に達している。
 問題の鍵になるのは、古い成長ポイントの退出が波動的である一方、新たな成長ポイントが力を発揮するのも穏やかにではないことである。それゆえ、今後三、五年の経済成長速度は波動が現れるだろうということである。この波動と中国の伝統的マクロ経済の波動は同じものではない。伝統的マクロ経済の波動は、より多く、投資需要の波動を含む総需要の波動に起因していた。それゆえ政府需要の日常的な足をけって車を動かす(ように)、各種の政策と行政手段によって対応すべきものであった。そして中国経済が新常態下にある中、マクロ経済波動の本質は新旧成長ポイントの交代にある。この種の交代は、常に成長の内的動力の不足をもたらす。それゆえ現段階のマクロ政策の基本的テーマは安定した成長であり、各種の措置を取り新成長ポイントの生成を促すことである。中でも重要な一点は公共消費型基礎建設投資の投入である。この種の投入は一定程度すでに述べた明らかな政府主導の需要である。これはまた政府が安定した成長に力を発揮する主要なポイントでもある。
 これと関係しているのは、中国経済での国民貯蓄率の高止まりである。それゆえ目前200%前後のGDP対比の債務はなお高くできる。いわゆる去杠桿率(訳注 これは中国の経済用語 去杠桿化   負債経営からの脱却、たとえば増資と同義と考えられる)の進行過程は短期的には来ることがない。工貯蓄率が高い負債を伴うことは合理的であり、鍵になるのは組み合わせ(結構)で、政府が担保する長期債務の必要(性)は高い。

p.18   二、漸進式経済構造の調整
 中国の新常態の第二の表現は事実上すでに出現している、そして潜在的であり、漸進式的である、また観察者により識別される構造は調整されていない。この種の構造の調整は現在以下のいくつかの方面に現れている。
 一つは労働工賃率の持続的高まりである。とくにブルーワーカーの工賃の高まり、その背後の原因は余剰労働力が減少しほとんどなくなったことである。ブルーワーカーの賃金が二けた上昇するとともに、明らかに名目GDPの上昇速度を超え、対比するに、全体のなかで資本の収益率は下降している。(訳者補語 労賃だけでなく)事実上、現在の中国はすでに資本コストが比較高い段階にあり、この実際利率が3%以上の情形は改革開放年代にはあまり見なかったものである。改革があれば、実際利率はまた下がるであろう、結局、中国経済の基本特徴は高い国民貯蓄率であるから。現在の(訳者補語労賃と利率の)水準からすると、ブルーワーカー労働賃金の高まりに伴い資本が労働力に置き代わる趨勢である。さまざまな分野で労働力に対する資本の比重を高めることを誰もが考えている。資本が労働力に置き換わるとともに、資本蓄積も加速する。
 第二の静かに進む構造調整は新型の都市化発展であり、大型都市を除いて、戸籍はすでに基本自由化され、中国の労働人口は60年来初めて自由な移動を実現する。今後、中国経済の区域の配置は行政規則計画の制限を超え、都市や地区が人口の質の高さを競争するようになれば、中国の経済地理に重大な変化が生ずるであろう。この進展は中国経済の発展に深遠な影響を及ぼすであろう。
 第三の構造調整は既に開始されている、即ち居住者消費の比重、サービス業の比重のたえざる高まりである。またサービス業とは生産制サービス業だけではない、物流、配送、電器商、金融サービスなど消費性サービス業を含む。労働就業の主要な方向もサービス業にある。

 三、改革の困難と推進
 これもまた中国経済の新常態である。(訳者要約 改革を進める決心の反面、改革を阻止する力もこれまでになく高まっているとしている。経済改革では金融改革、財政体制改革、国有企業改革を挙げている。金融改革の中身としては、利率の市場化、民間資本による銀行創業、資本勘定の自由化。財政体制改革では税収体制の完成、中央地方の財政関係の区分け。国有企業改革では今一歩の市場化、国企と政府の更に分離、国企の一層の資本化運営を指摘している)

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 四、国際経済領域での中国要素の上昇
 (訳者要約  国際経済の中での中国の存在と役割の高まりをあげて、中国が国際的な規則を受け入れるだけの存在ではなくなり、そのルールの形成に向けて改革の意見を提出する存在にも変わってきている、としている)


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