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村上衛 森川裕貫 石川禎浩『中国近代の巨人とその著作』研文出版2019年1月

正式のタイトルは『中国近代の巨人とその著作ー曽国藩、蒋介石、毛沢東』研文出版2019年1月。これは、2018年3月12日に東京の一橋講堂で行われた講演会の記録である。一読して大変面白かったのだが、同時に三人の講師の学識の豊かさに関心させられた(写真は心光寺にある石仏。寛文元年1661年寄進の銘が確認できる。)。

第一報告は村上さんによる曽国藩だが、磯田道史さんの武士の家計簿にならって、曽国藩にまつわるお金の話である。曽国藩が科挙の試験に合格して上京するところから話を起こして宴会を張りながらの上京では、実は拝客をして祝儀を集金していたのだとする。そしてそうなるのは、京官としての収入に比して、必要となる出費がはるかに大きかったことが明らかにされてゆく。当時の統治の構造が、視覚化されるこうした方法は有効性が高いと実感した。

第二報告は森川さんによる蒋介石の『中国の命運』(1943)という著書の刊行にまつわる話。この本にはゴーストライターもいたが、しかし蒋介石自身の考え方を表していることも否定できないようだ。共産主義だけでなく自由主義にまで否定的な本書に、国民党内部にも欧米の批判を招くとの懸念があり、欧米に本書が伝わることを懸念する人が多かったとしている。ところでなぜ、共産党と対峙した蒋介石が欧米から全面的な協力を得られなかったか?政権内部の腐敗が良く指摘されるが、蒋介石の考え方が欧米の自由主義や民主主義に精通しているとは言い難かったこと、そして本書にみられるようにそれを批判するところがあったことが影響しているのではないか。そのように考えると、本書の刊行が与えた蒋介石自身に与えたマイナスの影響は意外に大きな問題だったかもしれない。蒋介石という人が、しかるべき協力者を得られなかったこと、国際的な感覚を欠いていたことは大変大きいように思える。なぜそうなったのか。今後も考えてみたいと感じた。

第三報告は石川さんによる毛沢東の詞や書についての報告である。実は私は毛沢東について考えるときに、彼の詞や書についてどう評価するかが大変気になっていた。つまり私の疑問は、かれの文人としての評価はどのようなものであり、その評価により、彼の評価はどのように修正されるのか、という点。石川さんは、実は毛沢東の詞や書の評価については様々な先行研究があるとして、それらに依拠しながら課題を解き明かしてゆく。まず書については、鑑賞と練習により作り上げられたものだとしている。人生の後半、ますます奔放に見える彼の書に彼の人格の投影が確かにみえる。また詩については、たしかにそのスケールのおおきさを石川さんは否定されない。また毛は完璧を期すがゆえに、過去の文章にも書き換えを繰り返したとする。よく毛沢東について、発表された時点と選集等に収められたものとで、変更点が多いことが問題にされるが、そもそも彼には、歴史的文書をそのまま残すという思考回路はないことが明らかにされている。

三つの報告はいずれも滋養に富み大変参考になった。

#毛沢東 #蒋介石 #曽国藩 #心光寺石仏

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