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コロナが中国の地方財政に与えた影響ー2022年広東省全省一般公共予算分析

 コロナが中国の地方財政に深刻なマイナスの影響を与え地方政府の債務問題が深刻化したといった報道記事が内外で見られるが、果たして実態はどうだったのか。ここでは省全体で2022年に711.39億元のコロナ対策費を使ったとして話題になった、広東省について予算執行状況の説明と状況表(2023年2月9日公表)とを、実際に読んで検討した(予算の開示は省により違いがあり、武漢を含む湖南省の場合は、概要しか開示していない。広東省は付属表を含め開示している)。
 結論を先に述べると、711.39億元は、ワクチン接種に関わる直接経費の累計だけだと思われ、コロナ対策費の全容とはとても思えない。歳出では、ほかの予算の執行が全体として抑制され、歳出の拡大が防止された。歳入面では、付加価値税(増値税)や法人税(企業所得税)が減少したが、その減少は非税収の拡大によりカバーされている。他方で上級補助の数値が急増したが、この補助は結果としては余剰となり、年末までに調節基金などに組み込まれた。以上は広東省(全省一般公共予算)に限定した、2022年の予算と執行額との対比であり、広東省内の個々の自治体、あるいは他の省、直轄市などについては別途分析する必要がある
 使用資料は『2022年予算執行状況と2023年予算草案の報告』(広東省人民政府)
   まず報告の中に感染対策に触れた個所があるので、その部分を全訳する。

 一。感染防止(疫情防控)を全力維持(支持)。感染防止経費の確保(保障)を優先維持。
 省全体各段階を含めた感染防止資金の投入は累計711.39億元であり、ワクチン(疫苗)接種、医療人員臨時補助雇用など感染防止に必要な支出を全面確保し、感染防止に措置とその能力との引き上げを全力で維持し、中国本土での感染防止の戦いに勝利するため、他の省市の感染防止の戦いをしっかり支援する。飲食、小売、旅行、民間航空、交通運輸など感染の影響が比較的大きな産業に適切な支援を与え、市場の主人公が困難を乗り越えることを支援する。経済困難な大学卒業生、国の学資ローンの利息を段階的に免除する、併せて元本返済延期を認める。感染の影響を受けて一時的に生活困難な人々には臨時補助金を交付する。
(コメント)この記述から711.39億元はワクチン接種に限定した費用だと読んだ。また、特定の業種への支援策、学資ローン返済の軽減などが対策の事例として挙げられている。
   なおこの「感染防止」に続いて、積極的財政政策を述べる項目が続く。ここはコロナによる経済の落ち込みに対する対策と言えるが、一の感染防止とは分けて書かれている。最初に書かれている税の還付減税緩和の総額は1年で4656億元と大きい。増値税の納税留保の累計は1年で2404億元。そのほか、その他、債券の発行問題、就業・消費促進への支援策が述べられている。大きくは税収を減らす中で、支出を拡大すべき項目があるという構造である。
 なお別に2021年についての広東省の数値を別に用意するが、2021年の感染予防資金の投入額は453.76億元、新たな減税は1400億元以上であった。2022年は、感染予防資金711.39億元、減税4656億元とも規模が格段に大きくなったといえる。

 つぎに歳出に生じた衝撃を予算と執行額を2022年について対比することで確認する。検討に使ったのは最初に出てくる「全省一般公共予算」と呼ばれる数値である。
 まず歳出についてみると、「衛生健康」部門の執行率が116.2%と突出する一方、他の多くの部門の執行率が一般公共予算の執行率(98.5%)より抑制された。「衛生健康」部門では2895億元の増加である。
 つぎに「衛生健康」部門内の各項目の動きをみると、「公共衛生」の執行率が170.4%、「医療保障管理」158.2%、「医療救助」が144.2%と突出していた。いずれもコロナ対策との関係が疑われる項目である。
 これらの数値から以下のことを主張できるのではないか。一つは一部の報道が伝えたように、広東省全体の2022年コロナ対策費を711.39億元とみることには問題がある。「公共衛生」の対予算増加分だけで2900億元を上回っているのであるから、711億元は、コロナ対策費のごく一部であるに違いない。先ほど引用した、説明の文書からもワクチン接種に限定した費用の累計とみられる。もう一つはコロナの影響を抑えるために、「衛生健康」部門内、さらに全省のレベルでも、他の項目について執行抑制措置が取られたと思えることである。結果として、一般公共予算のレベルでは執行額が予算額以下に執行額は抑えられたように見える。

全省の動き(2022年歳出) 単位:億元 %
         予算額  執行額   執行率
一般公共予算   187943  185099   98.5% 
 一般公共服務    18961    17930   94.6   
 公共安全      14376    13936   96.9 
 教育        38954    38736   99.4  
 科学技術      11193      9846   88.0
 社会保障及就業    21027    21490   102.2   
 衛生健康       17864    20759   116.2
    城郷社区      14336          14087           98.3    
 農林水産       10977    10660   97.1
 債務利息       2463          2239            90.9
    債務発行費用      68              10            14.7
    その他      37724   35406            93.9     
転移性支出       18789    28833    153.5 
    対中央政府返納   4594   3989    86.8            
 調節基金など           14195    24844         175.0    
債務返済支出     5455    6221    114.0
歳出計       212187   220153         103.7
注)歳出計は原表にはない項目だが便宜上算出した       

衛生健康部門の中の動き(2022年歳出) 単位:億元 %
            予算額  執行額  執行率
衛生健康        17864   20759  116.2%       
 公立病院         3628     3572    98.5 
 基層医療衛生機構     1646     1642         99.7 
 公共衛生         4163     7093  170.4 
 基本医療保険補助     3803     4165  109.5
    行政事業単位医療             1383             1410       102.0
    医療救助        297               427       144.2
    医療保障管理      156               247       158.2  
 その他          2788             2203         79.0
注)単位以下四捨五入 執行率が原表から転記

 次に歳入に生じたコロナの衝撃を確認する。まず税収のうち増値税(付加価値税)や企業所得税の落ち込みは、ゼロコロナ政策による中国経済の落ち込みを反映しているように思える。しかし数字の動きを仔細に見ると、税収の落ち込み(3484億元)は結果的に非税収の増加(3738億元)によって完全にカバーされた。
 しかし税収と非税収の合計では、そもそも一般公共予算(歳出)を賄うには不足する。伝統的にこれを補っているのは、転移性収入と債務収入である。日本国内の一部の報道は、コロナによって中国の地方財政の悪化が進んだとの言い方をするものがある。そうであれば債務収入の増加がみられるはずである。しかしここでの数字の限りでは、債務収入執行額はピタリと予算の範囲に収められている。
 すでに歳出のところでみたように、コロナ関連の予算執行の急増にもかかわらず、他の項目の歳出を圧縮することで一般公共予算の執行額は予算額とバランスさせられた。最終的に債務は予算額に比べほぼ同額に抑えられた。
 しかし以下の痕跡が残っている。まず歳入面で、転移性収入の増加(10458億元)、なかでも上級補助(上級行政単位からの補助金)という項目のお金の急増があった。しかし歳出を見ると、すでに見たようにほかの経費を圧縮することで、コロナで急増した経費は賄われた。そこで余分になった転移性収入はほぼそのまま転移性支出(10044億元)された。中央政府に戻したのかと思ったが、中央政府には戻さず、調節基金等に組み入れられている。これは2022年の状況を考えれば、今後のリスク拡大に備えるという会計操作ではあった。

全省の動き(2022年歳入) 単位:億元、%
           予算額  執行額  執行率
一般公共予算     132543  132797  100.2%
 税収          96336    92852    96.4
  増値税        33631    31141    92.6  
  企業所得税      19780    18796    95.0 
  個人所得税        9549      9853  103.2    
  土地増値税      13085    12436    95.0  
        契税        6340           5970         94.2  
  その他の税      13951         14656        105.1  
 非税収         36207    39945   110.3 
  特定収入       12018    12177   101.3 
       罰没収入       3001   4186        139.5
       国有資本経営収入     840      2046   243.5   
  有償使用料      13937    14912   107.0  
  その他非税収        6411   6624  103.3      
転移性収入        66451    76909   115.7  
 上級補助        20452    29590   144.7 
 調節基金など      45999    47319   102.9        
債務収入           9452      9449   100.0  
歳入計        208446  219449    105.2
注)歳入計は原表にはない項目だが便宜上算出した。表中で特定収入と訳出した原語は専項収入である。語義検索すると、ゴミ処理や水道などの収入を指すと出てくる。他方で使途を限定した収入という意味だとの日本語の解説も目にした。内容がなおはっきりしないが、後者を優先して特定収入としておく。
 私自身初めて見ている表であるので、私の読み方や考え方に間違いがあるかもしれない。誤りをご指摘いただければ幸いである。 
 
    


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