見出し画像

東京ドーム

 東京ドーム Tokyo Dome。東京ドーム何個分、というように単位に使うほど、日本人なら誰でもよく知る存在である。このような単位として使うときは、ドームの建築面積46755㎡あるいは、体積124万㎥を換算単位に使う。

画像1
図1 地上より東京ドーム側面を見る

 この施設は、後楽園球場(昭和12年1937年9月から昭和62年1987年11月まで)の後継だが、建設場所そのものは後楽園競輪場(昭和24年1949年11月から昭和47年1972年10月まで その後、後楽園ジャンボプールに改装して昭和48年1973年から昭和51年1986年まで)の跡地である。

 歴史をさかのぼると、この一帯に存在したのは東京砲兵工廠である(明治12年1879年10月から昭和10年1935年10月まで)。砲兵工廠は大正12年1923年9月1日の関東大震災で大きな被害を受け、小倉に移転している。第二次大戦前の地図でみると砲兵工廠の敷地は実に広大で、現在の東京ドームシティの部分だけでなく、後楽園庭園を中心に、中央大学理工学部から礫川公園、シビックホール(文京区役所)あたりにまで及んでいる。これが江戸時代の水戸藩邸址とされている。(なお東京大学本郷キャンパスの中核が加賀藩邸址であることもよく知られている。)

 東京ドームは昭和63年1988年3月に竣工。施工は竹中工務店。空気圧をかけて天井の膜を張る工法が用いられた(空気膜構造)。空気膜構造についてはアメリカのメトロドームの先例(昭和57年1982年4月開場)があり、それにならったとされる。ところがメトロドームは天井破損の事故が多く、平成22年2010年12月には雪の重みで屋根が崩壊する大事故を起こして、最終的に平成25年2013年12月に閉場されその後取り壊されている。東京ドームは大丈夫だと考えたいが、建築後30年以上経過しているので、素人としては少し心配だ。
   坪内信朗「東京ドームの設計と建築材料の耐久性」『マテリアルライフ』vol.1No.1,Mar.1989,14-20
   丹野吉雄「恒久膜構造の黎明」日本膜構造協会2016/06/03

    なお東京ドーム付近には、水道橋から行くと東京ドームホテルがあり待ち合わせに便利だ。後楽園側からゆくと、複合商業施設LaQuaがあり買い物や食事ができる。アトラクションには、都心ながらジェットコースターがあり、観覧車がある。
 アクセス 地下鉄後楽園あるいはJR水道橋下車徒歩すぐ。

画像2
図2 東京ドーム天井(部分)
画像3
図3 東京ドーム側面
図4 東京ドーム側からLaQua側を見る
図5 LaQua側風景 右奥に東京ドームホテルが見える


main page: https://note.mu/hiroshifukumitsu  マガジン数は20。「マガジン」に入り「もっと見る」をクリック。mail : fukumitu アットマークseijo.ac.jp