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中国思想・短編小説・歌曲選

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https://blog.goo.ne.jp/fu12345/e/7cc5e1ad373775c11668b88a748c64a6 中国的な考え方を知る手がかりを探しています。
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#中国文学

文珍「刺猬,刺猬」『天涯』2019年第6期

 作者の文珍は1982年湖南生まれの女性。中山大学金融系卒業後、大学院は北京大学中文系。作者の履歴はこの小説の主人公筱君(シアオ・チュン)の履歴と重なる点が多い。どこまでが創作でどこまでが経験なのか。『2019中国年度短篇小説』漓江出版社2020年1月pp.286-306から採録した(原載『天涯』2019年第6期)。刺猬(ツーウェイ)はハリネズミのこと。この小説は、お人好しの母についての主人公による述懐。中国の人の生活や人生についての考え方に理解できることも多い。  主人公

王軍「人生而立」『北京文学』2019年第6期

 中国では官僚を選抜して大学院に送り、修士号や博士号を取得させたあと、重用する習慣がある。日本でも官庁や大企業では、海外の大学院に留学させることがあり、このやり方は理解できなくはない。しかし官僚としての事務的能力と、語学力や論文をまとめる力は異なるものではないかと、個人的には思う。あるいは狙いはそもそも学術的能力ではなく、エリートとしての共通の経験や人的つながりを得させることにあるのかもしれない。ところで大学院に送り込まれて、成果をあげねばならないプレッシャーは高い。他方、大

双雪涛「心臓」『上海文学』2019年第3期

1983年生まれ瀋陽在住の双雪涛による短編である。彼女自身の経験のように読める。簡単にあらすじを追いかける。(見出しに使った写真は六義園の裏道である。) 著者のお父さんが心臓病になったとき、救急車に父親を載せて、付き添いの医師と救急車で北京に向かうその顛末を描いている(《2019中国年度短篇小说》漓江出版社2020年1月pp.98-109)。 著者はそれまで意外にも北京に行ったことがなかった。父親は、2015年11月6日の夜、突然発症した。心臓病は父親方の一種の遺伝のよう

楊少衡「有点着急」『芙蓉』2019年第1期

作者の楊少衡(ヤン・シャオハン)は1953年福建省漳州市生まれ。文革時知識青年。1977年から県、市,省などで役人の経験がある。この小説でもその経験を踏まえて、官僚組織の中での昇進をめぐる人の心の機微を巧みに描写している。西北大学中文系卒。この小説には二人の主人公がいる。省の副省長の胡貞(フー・チェン)と、その省のある市の市長の彭慶力(ポン・チンリイ)。胡貞は中央から省に送り込まれた人で女性。どうも中央に対して省人事を推薦する役割の人。彭慶力はかつては最年少の市長であった人で

朱山坡「鳳凰」『花城』2018年第6期

 著者朱山坡(チュー・シャンポウ)は1973年8月生まれ。広西省北流市の人。この小説は、大人のおとぎ話なのだろう。多くの比喩が隠されているように思える。明確な時期の指定がある。それは1978年から1979年という中国が改革開放に進む時期である。この時期、「改革開放」だけが行われたわけではない。中国はベトナムに対して戦争を仕掛けている(1979年2月17日から3月16日とされている)。実はこの戦争は中国にとり苦戦で多くの犠牲を出している。この小説で出てくる戦争はこの中越戦争だろ

紅孩「囚徒」『福建文学』2018年第3期

 紅孩(ホン・ハイ)は筆名か。紅孩の「囚徒」は当初、2018年第3期に『福建文学』に発表されたもの。『短編小説 2018中国年度短編小説』灕江出版社2019年1月、238-245より。あらすじは以下。  主人公の胡二(フウ・アル)の住む村はかつて荒地で、皇帝が狩りの場所(狩獵)につかったところ。やがて皇帝がここはおもしろくない(不過癮)としてこなくなると、墓地(墳地)として使われるようになった。胡二の住む村には胡家墳と吳家墳があり、看墳人は山東から食い詰めて流れてきたひとだ

須一瓜「會有一條叫新大的魚」『青年作家』 2018年第3期

須一瓜(シュウ・イーグア)は1960年代前半生まれの女性作家である。この小説は当初『青年作家』2018年第3期に発表された。『短編小説2018年中国年度短編小説』灕江出版社2019年154-183より。  場面は高層マンションの1階に、住む二組の家族。一組は老夫婦。その息子が庭の水道栓を直していると、隣家の小さな女の子がやってくる。そばにあったはずの金魚はどこに行ったのか、と。実は昨夜、老母が転倒して、金魚鉢は割れて、中にいた金魚は死んでしまったのだった。息子が金魚は俺が食

陳再見「黒豆,或者反賊薛嵩」『創作与評論』2017年第12期

陳再見は1982年広東陸豊生まれ。以下、老弭(ミイさん)から聞いた話が語られる。  当時ミイさんはなお書記で、バイクを1台もっていて、昔のことを「あの時、私はまだ書記だったが」と話し始めるのが常だった。私は当時、もう子供ではなく小学校で代講していた。夏休みでその年は特に暑かった。他の話しを私が促すと、ミイさんは「黒豆のことを話そうか」といった。  黒豆は女性の名前で、結婚して4日で実家に帰された。4日前に黒豆が結婚したときミイさんは黒豆の父親の米貴に招かれ、酒食をふるまわれ

趙宏興「耳光」『長江文芸』2017年第12期

趙宏興(チャオ・ホンシン 1967- 安徽省合肥の人。この作家の細かな履歴は分からない。本作を自伝としてみれば、安徽省の貧しい農村出身かもしれない。なお合肥は安徽省の省都で、今では先端科学技術の都市との触れ込みで知られる。)の短編小説。両耳を両手で叩くことを「打耳光」という。子供の教育に望みをかける農民の気持ちが伝わる。この小説は最初に『長江文芸』2017年第12期に発表された。以下は《2018中国年度短編小説》灕江出版社2019,pp.81-95からこの。小説の要約である(

湯成難「搬家」『当代小説』2017年第5期

作者の湯成難は1979年生まれの女性。江蘇省揚州の人。以下の小説の主人公は男性で「方老師」と呼ばれている。この小説は『2017中国年度短篇小説』漓江出版社2018年1月から採録した(原載『当代小説』2017年第5期)。以下はあらすじである(見出し写真はヒルザキツキミソウ)。  小説は、私(主人公)のところに李城から、一度かれの郷土小官庄に来て欲しいとの電話が入る場面から始まる。彼の郷土の話を李城は何度もしたので、小官庄のことは一木一草までよく知っている土地の様に思えるほどだ

郝景芳「写一本書」『天涯』2017年第3期

初出《天涯》2017年第3期。『2017中国年度短編小説』満江出版社2018年1月208-231より。なお著者の郝景芳(ハオ・チンファン)は1984年7月天津生まれの女性。清華大学物理系在学中から創作を始め、物理系卒業後、経済学および経営学の博士号を取得している。SF(サイエンスフィクション)作家として活躍(見出し写真は六義園)。  主人公の阿阑はおそらく地方の大学の出身。事情は書かれていないが、その大学を卒業したあと、北京に部屋を借りて落ち着いて1年になる。彼女には4つ上

雷默「祖先與小丑」『花城』2017年第3期

雷默(レイ・モウ 1979年生)の2017年の短編小説である。筆者のお父さんがなくなるときの顛末が書かれているが、創作なのか実体験なのかは分からない。もし実体験だとすると、現在(2021年)40歳少し上だとして、小説発表が35歳とすると、30歳頃の若い時の経験。『花城』2017年第3期に掲載後、『短編小説 2017中国年度短編小説』灕江出版社2018年222-235に収められた。道士が出てくるところ、山上で埋葬しているところなどが興味深い。あらすじは以下の通り。 食道癌で末

葉兆言「滞留于屋檐的雨滴」『江南』2017年第3期

 葉兆言(イェ・チャオヤン 1957- 南京出身。南京大学中文系在学中に執筆始める。多作で知られる。お母さんは演劇界で、またお爺さん(祖父)は教育界でそれぞれ活躍。)の短編小説(最初に『江南』2017年第3期に発表され《2017中國年度短篇小説》灕江出版社2018,pp.153-161に収められた。)。表題《滞留于屋檐的雨滴》は、屋根の庇(ひさし)を雨が潤す、といった意味であろう(写真は東京ドームシティにて)。  ときは1978年12月。北京で大事な三全会が開かれているとき

楊少衡「親自遺忘」『湖南文学』2016年第10期

著者の楊少衡は1953年福建省漳州生まれ。西北大学中文系卒。この小説は政務にあたる指導幹部が、ある失敗をしたときの感慨を描いている。「親自遺忘(自ら忘れる)」。この小説は、いろいろな受け止め方ができる。幹部が、支援の対象である若い学生を傷つけるつもりはなく傷つけてしまった(読んでいてこの幹部を批判する気持ちに単純になれないのは、意図せずに他人を傷つけることは実はよくあることだからだ)。どうすればよかったのか。この小説は、指導幹部の慢心を批判しているとも読めるし、指導幹部への政