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中国経済学史

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2019年2月の記事一覧

社会主義の建設(薛暮橋「中国社会主義経済問題研究」第1章1979/1983)

薛暮橋「中国社会主義経済問題研究」(1979年人民出版社 なお1980年外文出版社から邦訳 手元の1983年版を原書として引用する。) → 最初の第1章では、中国で社会主義化のために取られた措置(共有化 協同化)が、その生産力の水準と対応していなかったために、かえって生産力を低下させたことがまずと指摘される。共有化・協同化で、労働の成果が、個人に帰属しなくなり生産の意欲が損なわれたことが重要だと思われるが、その点は書かれていない。農業に関しては、生産単位を小さくすること、個人

統一購入統一消費の実施 1953

薄一波 若干重大決策與事件回顧 より(写真は東武百貨店池袋店西側壁面 2020年1月16日) p.181  物価の安定の継続は、全国財経工作の統一のあと、新中国財経戦線の第二次大戦だと言われた、すなわち1953年に糧食など主要農産品に対して統一購入統一消費の実行が開始された(加えて資本主義工商業と個人農業、個人手工業の対する社会主義改造、これが財経戦線の「三大戦役」であった。1985年に至って糧綿契約買付(合同定購)制度は廃棄されるまで、この特定の条件下で開始された農産品統

三反運動 五反運動 1951末‐1952

(薄一波『若干重大決策与事件的回顧』中共党史出版社 1997修訂版の2008年の重版による。) P.98   7. 腐食を防ぐ方針のもと、三反運動を展開する。  抗米援朝、土地改革、反革命鎮圧の3つの運動に勝利したことを基礎に、党中央と毛主席は、1951年末に反汚職(貪污)、反浪費、反官僚主義の「三反」を開始した。これは我が党が政権を握って以後(執政後)、資産階級の党への腐食に意識的に抵抗克服し、共産党人の民を基本とする廉潔な政治を保持するための最初の成功した実践であった。

劉少奇 天津講話 1949/06/04

(1949年6月4日 劉少奇が民主党派および党の各クラス責任者を前に行った講話である。労働者による争議の拡大、経営者資本家の逃避により、社会の混乱が広がる中、劉少奇は天津にゆき、現地の産業界そして党幹部と懇談。この講話はその直後のもの。天津でなにがあったかを報告したものと思われる。その核心部分、劉少奇が資本主義搾取を肯定したとされ天津講話として批判された該当部分を訳出する。ここで確認できる資本主義肯定のロジックは2つ。一つは迅速な生産の再開・拡大、それは失業者を救済するために