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中国に関連して生じた事実

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https://blog.goo.ne.jp/fu12345/e/7cc5e1ad373775c11668b88a748c64a6 政治的文化的側面を中心に年代順に採録。
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#中国共産党

中国の党国家資本主義 Pearson, Current History, Sept.2021

Pearson, Rithmire, and Tsai, Party-State Capitalism in China, Current History , Vol.120, Issue 827, Sept.2021, 207-213 (解題) Pearsonら3人の女性学者による連名論文。冒頭部分だけ訳出。国家資本主義に換えて党国家資本主義という概念を提起している。以下の本文では、党国家資本主義とは、党の存続がすべてに優先する体制であること。この体制の成立が輸出依存体

ミンシン・ペイ 中国を覆う全体主義の長い影 April 2021

Minxin Pei, China: Totalitarianism's Long Shadow, Journal of Democracy, 32-2, April 2021, 5-21 冒頭部分抄訳 用語 経済発展 民主主義 リプセット ミンシン・ペイ 中国共産党    中国経済 中国政治 全体主義 習近平 資源の呪い 民主化 (要約)過去40年間以上の中国の急速な経済成長は、(中国に)民主化をもたらさなかった。漸次的に自由化を進める代わりに、レーニン主義者の党国家

朱嘉明先生訪談録:1958-1967

 朱嘉明『中国改革的岐路』聯經(臺北市)2013年1月pp.16-25(1958年小学校への進学から1967年文革2年目まで)。中国の文化大革命について、外部から見ていて釈然としないのは、殺人や文化財の破壊を行ったことの責任が、今も問われていないことだ。これについては、文化大革命だけでなく、そこに至るまでの中国の近代史をみても、同様の殺人や文化財の破壊があること。文化大革命に限定して言えば、その主犯は幹部の子弟と目されること(宋彬彬について)などを指摘できよう。  ところで文

吉川幸次郎 中国の都市と農村ー二つの中国 1949/08

 吉川幸次郎(1904-1980)が1949年8月が書いた以下のエッセイの大意である。吉川は1928年4月から31年2月まで3年近くを中国で過ごしている。また23年春にも、単身中国を旅行している。手元にあるのは錢婉約により中国語に翻訳されたものなので、ここでは中国語文献に分類し、大意を示しておく。都市と農村の差異の指摘、都市に間接税、農村に間接税という対比、中国共産党を享楽的な都市に対し、貧しい農村を体現したものとみる見方など、示唆的である。 吉川幸次郎著 錢婉約訳 

李公朴、聞一多暗殺事件(1946年7月)と梁漱溟

 中国民主同盟の中央執行委員であった李公朴、聞一多が昆明で国民党の特務(スパイ)により暗殺されたとされるのは1946年7月11日と15日のことである。この事件は、共産党と国民党の間に立つ、中国民主同盟にとって、国民党を見限ることになる、大きな転換点になる事件だと考えられる。そこに到る時間的な流れを確認したい。ポイントの一つは国共が全面内戦に入る局面での出来事である点だろう。  ところで以下の時間の流れで分からない点の一つは、1946年5月20日(別の資料では5月18日)いった

反対党容認を求めた胡適 1946/07-48/12

解題                             福光 寛  任育徳《胡適 晚年學思與行止研究》稻鄉出版社·2018年pp.149-155,esp.153-155 このときの胡適は、北京大学校長であるとともに、中華民国の代表的言論人の一人であった(写真は礫川公園より東京都戦没者霊苑を望む)。  国民党は学生運動の「非政治化」に失敗。学生運動を抑え込む政策に転換し学生の反発を買った。他方、共産党が進める統一戦線に加わる学生は少なくなかった。  1947年夏時