花吹雪にとらわれた男 #シロクマ文芸部
花吹雪の映像をずっと観ている。
桜が舞い散る様子は観ていて飽きることがない。
観るようになったきっかけを誰かに話すつもりはないし、その必要もないだろう。生きている限り、この映像を観続ける。ただそれだけだ。
◇
「いい加減、吐いたらどうなんだ!」
取調室に若い刑事の怒号が響く。
「おお、怖い。でもカッコいいね。そういうセリフ、俺も言ってみたいよ。ところで今日の昼メシは何?昨日のカツ丼うまかったから同じでもいいよ、別に」
容疑者の男はこんな調子で軽口を叩くばかりで自供する様子がない。
「コイツ、ふざけやがって!」
若い刑事が頭に血が昇って容疑者に殴りかかろうとする。年配の刑事が立ち上がって若い刑事を制止した。
「細野、そうカッカするな」
「いや、でも、」
「真田さんをこっちに回してくれるそうだ」
「!
そうですか、分かりました。残念ですけど」
「まあ、よくやったよ」
「刑事さーん、カツ丼まだですか?」
容疑者の男が細野を刺激してくる。
「ああ、いま頼んでやるから待ってろ」
細野が静かに答えた。
「あれ、どうしたの?急に優しくなっちゃって」
「まあな。お前、早く吐いて楽になっちゃえよ」
「いやいや、俺、刑事さん達とお話しするの好きなんで。ゆっくりやらせてもらうよ」
「……そうか、好きにしろ」
細野はもう男の方を見ていなかった。
その時、誰かが取調室のドアをノックした。
「真田警部補が来られました」
「お疲れ。後はこっちでやるんで容疑者と二人きりにしてくれ」
刑事二人が部屋を出て行くと、真田は部屋を暗くした。
「じゃ始めるぞ」
真田はパソコンとプロジェクターを接続した。
「アンタ、変な人だな。何を見せてくれるんだ?」
容疑者の男が真田に声をかける。
「俺のお気に入りだよ」
「なんでもいいけど、早くしてくれよ。まだカツ丼食べてないんだからさ」
真田は答えず、映像の再生を始めた。
画面いっぱいに花吹雪が映し出される。
「へー綺麗だね。これがどうしたの?」
「黙って観てろ」
一時間が経過し、容疑者の男がたまらず真田に声をかける。
「なあ、いつまでこんなの観てなきゃいけないんだ?」
「これからがいいところなんだ。黙って観てろよ」
しかし、画面には変わらず花吹雪が映っているだけ。
二時間が経過した。
「おい、刑事さん、何にも変わらないじゃないか?」
「何言ってるんだ?少しずつ微妙に変化しているんだよ。よく観てみろよ」
「別に観たくないんだよ、こっちは。いつまでこんなの観てなきゃいけないんだよ!」
「そうか。俺はいつまででもいいぞ。他にすることもないし」
「は?どういうことだよ」
真田は答えない。
さらに一時間経過して映像が終わった。
「は!やっと終わった。クソ面白くもない。なんのつもりだよ」
真田は答えず、ディスクを交換して再び映像の再生を始めた。
「お、お前、何をやってるんだ?」
「何って見てわからないのか?第二巻の再生を始めたんだよ」
「じょ、冗談じゃないぞ。いい加減にしろよ。俺のカツ丼はまだかよ」
「俺の知ったこっちゃないね。俺の仕事は、ここで花吹雪の映像を観ることだ。邪魔するな」
「アンタ、まともじゃないな」
「犯罪者に言われてもな。黙って観てろよ」
「だから、いつ終わるんだよ!あと何巻あるんだ、それ!」
「全部で三十巻ある」
「は?そんなに観て何の意味があるんだよ」
「さあな。俺は死ぬまでこれを観続ける」
「駄目だ、コイツ、まともじゃない……誰か、誰か来てくれ!」
「誰も来ない。お前は俺と花吹雪を観るしかないんだよ」
容疑者はブルブルと震えながら叫んだ。
「話す!何でも話すからここから出してくれ!
コイツといると頭がおかしくなりそうだ!」
「失礼な奴だな。
おーい、細野、来てくれ」
すぐに細野が取調室に入ってきた。
「思ったより早かったですね。流石です」
「ああ、まだ二巻も終わってない。後は頼んだぞ。俺は帰って続きを見るわ」
「お疲れ様です」
冗談かどうか判別できず、細野は微妙な表情で真田を見送った。
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