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弟のニセモノ #シロクマ文芸部

新しい癖を見つけた。
東京の大学に進学した弟の話だ。

正月で実家に帰ってきたのだが、「クックック」と笑うようになっている。「アッハッハ」と感じ良く笑う子だったのに。

コップの持ち方もなんか変だ。
ガシッと掴むのではなく、指先だけで持つようなスタイルに変わっている。

「ちょっとタカシ。アンタ、東京に行って変わっちゃった?」

「何言ってるんだよ、姉ちゃん。俺は何にも変わらないよ」

「ふーん……ならいいけど」

いや、明らかに変わってるんだけどな。もう少し証拠集めをしよう。

翌朝、タカシがこんな事を言い出した。

「お袋、何か手伝うことない?」

嘘でしょ。面倒くさがりで極力何もしたくないタイプのタカシが。「お袋」なんて言葉も初めて使ったよね?

「あら、いいのかい?じゃあ、お餅を買ってきてくれる?少し足りなそうだから」

母は心底感謝しているようだった。
騙されちゃ駄目よ、お母さん。私は騙されない。

「分かった!姉貴もなんかいる?」

姉貴!今まで「姉ちゃん」としか呼ばれたことないんだけど。よし、化けの皮を剥がしてやる。

「え、いいの?じゃあ、レッドブル10本」

「オッケー!じゃ行ってくる」

なんで?
どうしてそんな素直に受け入れちゃうの?
レッドブル10本よ?
普通、何か言うでしょ。
二千円超えよ?出してくれるの?
ケチのタカシが?
あり得ない!
アイツはタカシじゃない!
タカシに似た誰かに違いないわ!

そう思うと急に怖くなってくる。
誰なの、アイツは。
目的は何なのよ。
お父さんに言うべき?なんて言えばいいの?
タカシがタカシじゃないって?
無理、分かってもらえない。
私がやるしかないんだわ。

「ただいま」

偽タカシが帰ってきた!

「ちょっと待って。ウチに上がんないで」

「は?姉貴、何言ってるんだよ」

「姉貴じゃないんだよ、タカシは。姉ちゃんって呼ぶの」

「クックック。大学生になって一人暮らし始めたし、いいだろ、呼び方変えたって」

「その笑い方もそう!なんだそれ。悪代官かよ。なんか悪いこと企んでるのか。やめろ」

「あ、駄目?シブいかなって」

「ダサ過ぎ。他にもあり過ぎるの、タカシじゃない根拠。コップの持ち方変だし、お母さんのこと、お袋って呼ぶし。なにより、タカシはレッドブル10本気前良く買ってくるような男じゃないのよ!
……アンタ、誰なの?」

「クックック、ハーハッハッハッ……テッテレー!
ドッキリでした」

「は?」

「ていうか、大学の研究。俺、心理学専攻なんだよ。姉ちゃんの心を揺さぶる為にいろいろやってみたんだ。いやー面白い。いいレポートが書けそう。ありがとね。レッドブル代、手数料込みで三千円頂戴ね」

「クソ。クソ弟」

「ごめんごめん。もうちょっと続けたかったけど、もう偽タカシやめるわ」

「あのね、もうちょっとで通報するところだったよ。悪ふざけも大概にして!」

「はいはい」

偽タカシはタカシが演じているものだった。
腹が立って仕方がないけど、とりあえず良かった。
手のかかる弟だ。正月から疲れた。



危ない危ない、バレるところだった。
あの女は鋭いんだな。
クックック。
もう少し慎重に進めよう。

(1256文字)


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