【短編小説】十二月になる前に #シロクマ文芸部
「十二月になったらまた来てください」
医者は患者の女性に告げた。
「いやだ、先生ったら。いま一月ですよ」
患者の女性は冗談だと受け取ったようだ。
「症状も安定していますし、毎月受診していただかなくても大丈夫だと思うんですよね。いまは毎週来られていますが。普段の生活に支障がなければ一年毎の検診で充分かと思います」
患者の女性の表情が変わった。
「何を言ってるんですか!私が毎日どれほど苦しんでいるか、分かっていただけてなかったんですね!本当は毎日受診したいくらいなのに……」
医者は少し間をあけてから、諭すような口調で話し始めた。
「まあ、そう興奮されずに。落ち着いてください。私が言いたいのはですね、お薬がよく効いていて、お仕事もできている状態なので、頻繁に受診する必要はない、ということなのです」
患者の女性はさらに興奮して捲し立てる。
「先生、それは違います!毎週、先生に私のお話を聞いてもらってるから、私はなんとか精神の均衡を保てているんですよ!!」
医者は天井を見上げ、しばらく動かなかったが、やがて看護師の方を見て言った。
「佐々木さん、申し訳ないけど、席を外してもらえるかな」
「え?あ、はい」
看護師が素直に診察室から出て行くと、医者は患者の女性の目を見て言った。
「恭子、いい加減にしてくれ!」
「先生、どうされたの?」
「毎週毎週、こっちの頭がおかしくなりそうだよ!なぜ俺のところに来た?離婚して何年経ってると思ってるんだ!」
「先生、本当にどうなさったの?私は診察していただきたいだけ。私の主治医である貴方に」
「お前はマトモだよ。俺に執着するところ以外は」
「貴方に話を聞いてもらうと安心するんだもの。別にいいでしょう。診察料は払っているし。何か困ることでもあるの?」
「聞いてなかったのか?俺の頭がおかしくなりそうなんだよ」
「知らないわよ、そんなの。気にし過ぎじゃないの?」
「離婚した女の日常の苦しみを、毎週聞かされる身にもなってくれ!」
「だから分からないってば。私はただ貴方に私の話を聞いて欲しいだけ。昔と違って親身に話を聞いてくれるし。貴方が何と言おうと、私はこれからも……」
ゴッという鈍い音がした。
椅子に座っていた患者の女性が前のめりに倒れ、後ろに看護師が立っているのが、医者の視界に入った。
「ゆ、由美子!お前、何てことを……」
「貴方が困っているみたいだったから」
両手で持っていた大きめの花瓶を元の場所に戻しながら、看護師は言った。
「余計なことだった?」
「あ、いや……助かった、よ」
医者は看護師を抱き寄せながら、新しい問題について考え始めた。
(1066文字)
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