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ワガママを雪化粧 #シロクマ文芸部

「雪化粧すればいいのよ」

妻は至極当たり前のことのように言った。

「隠したいけど目立たせたいのよね?」

「うーん、ま、そうなんだけど。そんな都合良く雪降るかなぁ」

夫は妻の言うことに懐疑的だった。

「それが明日は大雪らしいのよ。あなたが私の考えている通りに動いてくれたら、きっとうまくいくわ」

「なんか嫌な言い方だけど……本当にやるのか?」

「ええ、やらない選択肢はないわ」

その日の深夜、妻の思惑通り、大雪が降った。



翌朝、その夫婦の家は雪に覆われていた。
庭も家の前の道路も街並みも全部。

長男の翔太が目を覚ました。
雪が積もっていることに気づき、目を輝かせてリビングの窓を開ける。庭を見ると、大きな雪の山が出来ていた。

「お母さん!庭、見て!」

「……翔ちゃん、今日お休みだから、お母さん、もうちょっと寝てたいんだけど……え、何、この大きな雪山!」

「ね!すごいよね!僕、ちょっと見てくる!」

翔太は庭に出て雪山を間近に見た。
黒いスプレーのようなもので顔が書いてあった。目がソの字になっていて、怒っているように見えなくもない。

「プッ。お母さん、この雪山、顔が書いてあるよ。お父さんの仕業かな。あれ!お母さん!!」

翔太の母親が家の中で倒れている。翔太は急いで家に入り、母親の元に駆けつけた。

「お母さん!大丈夫?」

翔太は泣きそうになっている。母親はかろうじて意識があった。

「……大丈夫、よ。雪山を見てたら金縛りみたいに身体が動かなくなっちゃって。翔ちゃん、お父さんを起こして、あの雪山、壊してもらって?」

「うん、わかった!任しといて」

翔太は寝ている父親を起こしに行った。

「お父さん!早く起きて!!」

「うーん、翔ちゃん、お父さん、なんだか凄く寒いんだ。もう少し寝かせて?」

「ダメ!お母さんが倒れちゃったんだよ!早く起きて!」

「なんだって!?」

父親は慌てて起き上がり、妻の元に向かう。

「加奈子!おい!大丈夫か?」

「……あの雪山を見たら身体が動かなくなったの」

「雪山?……なんだ、これは」

「お父さん、あの雪山、壊してよ!」
翔太が叫ぶように言った。

「よし!わかった」

父親はスコップを持って雪山に向かった。
少しずつ雪山を崩していく。が、途中で力尽きたように父親は倒れた。

「お父さん!」

翔太は家を飛び出した。

「お父さん!どうしたの?」

「なんか頭がボーっとしちゃって……」

翔太は父親の額に手を触れた。

「すごい熱だよ!お父さん、家に戻ろう?」

翔太が父親と家に戻ると、母親が驚いて半身を起こした。

「え!お父さん、どうしたの?」

「すごい熱なんだ。もう雪山壊せないみたい」

「あ、え、そうなのね、大丈夫かしら……。翔太、とりあえず、お父さんは休ませてあげて。後はあなたひとりでやるしかないわ」

「何を?」
翔太は怯えたように母親に聞いた。

「あの雪山を壊すのよ」

「い、嫌だよ!」

「このままだとお父さんもお母さんも倒れたままよ。あなたが頑張るしかないの!お願い!!」

「わ、分かったよ!僕、やるよ!」

翔太は家を出てスコップを手にした。
雪山の前に立ち、少しずつ雪山を崩していく。
するとブルーシートのようなものが見えてきた。

「お母さん!なんか青いの見えてきた!お花見とかで敷いてるやつだと思う」

「翔太!気にしないで早く雪山を壊して!」

「わ、分かった!」

翔太が健気に雪山を崩していくと、何かを覆い隠したブルーシートがあらわになった。

「お母さん!雪山、壊したよ」

「ありがとう!じゃ、そのブルーシートをめくって!」

「え!?嫌だよ!……死体とか出てきたらどうするの?」

「……もし出てきたら警察を呼んでちょうだい」
母親は口元を手で押さえながら言った。

翔太は泣きそうになりながらブルーシートをめくった。
すると、新品の自転車が現れた。

「お母さん、これって……」

「翔ちゃん、欲しがってたでしょう?あなたのものよ」

翔太はヘナヘナとその場に座り込んだ。

「お母さん、なんでこんなこと……」

「翔ちゃん、最近少しワガママになってきてたから。自分の力で何かを手に入れる体験をして欲しかったのよ」

「そうだったんだ。ごめんなさい。でも、お母さん、やり過ぎだと思うよ」

「そうね、お父さんが熱出すとは思わなかったわ。夜中に仕込んでくれたんだけど無理させちゃった。反省」

母親は悪戯っぽく笑って誤魔化した。
翔太は新しい自転車が手に入って嬉しかったが、生まれて初めて「お父さん、かわいそう」と思った。

(1796文字)


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