ワガママを雪化粧 #シロクマ文芸部
「雪化粧すればいいのよ」
妻は至極当たり前のことのように言った。
「隠したいけど目立たせたいのよね?」
「うーん、ま、そうなんだけど。そんな都合良く雪降るかなぁ」
夫は妻の言うことに懐疑的だった。
「それが明日は大雪らしいのよ。あなたが私の考えている通りに動いてくれたら、きっとうまくいくわ」
「なんか嫌な言い方だけど……本当にやるのか?」
「ええ、やらない選択肢はないわ」
その日の深夜、妻の思惑通り、大雪が降った。
◇
翌朝、その夫婦の家は雪に覆われていた。
庭も家の前の道路も街並みも全部。
長男の翔太が目を覚ました。
雪が積もっていることに気づき、目を輝かせてリビングの窓を開ける。庭を見ると、大きな雪の山が出来ていた。
「お母さん!庭、見て!」
「……翔ちゃん、今日お休みだから、お母さん、もうちょっと寝てたいんだけど……え、何、この大きな雪山!」
「ね!すごいよね!僕、ちょっと見てくる!」
翔太は庭に出て雪山を間近に見た。
黒いスプレーのようなもので顔が書いてあった。目がソの字になっていて、怒っているように見えなくもない。
「プッ。お母さん、この雪山、顔が書いてあるよ。お父さんの仕業かな。あれ!お母さん!!」
翔太の母親が家の中で倒れている。翔太は急いで家に入り、母親の元に駆けつけた。
「お母さん!大丈夫?」
翔太は泣きそうになっている。母親はかろうじて意識があった。
「……大丈夫、よ。雪山を見てたら金縛りみたいに身体が動かなくなっちゃって。翔ちゃん、お父さんを起こして、あの雪山、壊してもらって?」
「うん、わかった!任しといて」
翔太は寝ている父親を起こしに行った。
「お父さん!早く起きて!!」
「うーん、翔ちゃん、お父さん、なんだか凄く寒いんだ。もう少し寝かせて?」
「ダメ!お母さんが倒れちゃったんだよ!早く起きて!」
「なんだって!?」
父親は慌てて起き上がり、妻の元に向かう。
「加奈子!おい!大丈夫か?」
「……あの雪山を見たら身体が動かなくなったの」
「雪山?……なんだ、これは」
「お父さん、あの雪山、壊してよ!」
翔太が叫ぶように言った。
「よし!わかった」
父親はスコップを持って雪山に向かった。
少しずつ雪山を崩していく。が、途中で力尽きたように父親は倒れた。
「お父さん!」
翔太は家を飛び出した。
「お父さん!どうしたの?」
「なんか頭がボーっとしちゃって……」
翔太は父親の額に手を触れた。
「すごい熱だよ!お父さん、家に戻ろう?」
翔太が父親と家に戻ると、母親が驚いて半身を起こした。
「え!お父さん、どうしたの?」
「すごい熱なんだ。もう雪山壊せないみたい」
「あ、え、そうなのね、大丈夫かしら……。翔太、とりあえず、お父さんは休ませてあげて。後はあなたひとりでやるしかないわ」
「何を?」
翔太は怯えたように母親に聞いた。
「あの雪山を壊すのよ」
「い、嫌だよ!」
「このままだとお父さんもお母さんも倒れたままよ。あなたが頑張るしかないの!お願い!!」
「わ、分かったよ!僕、やるよ!」
翔太は家を出てスコップを手にした。
雪山の前に立ち、少しずつ雪山を崩していく。
するとブルーシートのようなものが見えてきた。
「お母さん!なんか青いの見えてきた!お花見とかで敷いてるやつだと思う」
「翔太!気にしないで早く雪山を壊して!」
「わ、分かった!」
翔太が健気に雪山を崩していくと、何かを覆い隠したブルーシートがあらわになった。
「お母さん!雪山、壊したよ」
「ありがとう!じゃ、そのブルーシートをめくって!」
「え!?嫌だよ!……死体とか出てきたらどうするの?」
「……もし出てきたら警察を呼んでちょうだい」
母親は口元を手で押さえながら言った。
翔太は泣きそうになりながらブルーシートをめくった。
すると、新品の自転車が現れた。
「お母さん、これって……」
「翔ちゃん、欲しがってたでしょう?あなたのものよ」
翔太はヘナヘナとその場に座り込んだ。
「お母さん、なんでこんなこと……」
「翔ちゃん、最近少しワガママになってきてたから。自分の力で何かを手に入れる体験をして欲しかったのよ」
「そうだったんだ。ごめんなさい。でも、お母さん、やり過ぎだと思うよ」
「そうね、お父さんが熱出すとは思わなかったわ。夜中に仕込んでくれたんだけど無理させちゃった。反省」
母親は悪戯っぽく笑って誤魔化した。
翔太は新しい自転車が手に入って嬉しかったが、生まれて初めて「お父さん、かわいそう」と思った。
(1796文字)
※シロクマ文芸部に参加しています
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