ラムネの音と正義感 #シロクマ文芸部
ラムネの音が合図だった。
「みっちゃん、行こう!」
僕はみっちゃんの手を引いて走り出した。
みっちゃんのお父さんの振りをした男はラムネの瓶を持ったまま怒鳴っている。
「ちょ、アレ?なんだ、おい、こら、待て!」
待たない。
あんな奴の言うことなど聞けない。
僕は昨日みっちゃんから聞いたんだ。
アイツがみっちゃんにしていること。
人として絶対に許せなかった。
だから今日のお祭りで、みっちゃんがお父さんと歩いているのを見た途端、「助けなきゃ」という気になった。
結構遠くまで走ってきたと思う。
アイツももう追ってこれないだろう。
「先生、手、痛い」
「あ、ごめん」
みっちゃんの左手を握る右手に知らず力が入り過ぎていた。右手の力を緩めると、みっちゃんは左手を抜いてさすりながら言った。
「先生、急にどうしちゃったんですか?」
「え、あ、君を助けなきゃと思って」
「あ。ごめんなさい。もしかして、昨日の話、本気にしちゃいました?」
え?
「ごめんなさい。私、先生が構ってくれないから、有る事無い事、つい……」
「つ、つまり、君はお父さんから虐待とかされてないってこと?」
「はい」
はい、って!
えー!どうしよう!
「そ、そうだったんだ。まいったな……。とりあえず、戻ろうか。お父さんのところへ」
「えー!せっかくだから私、先生と金魚掬いしたい」
「お父さんに謝るのが先だよ!
はー、でもなんて言えばいいんだろう……」
「私のことが好き過ぎてつい……、って言ったらいいじゃん」
それは嘘ではないけど表に出したことはない事実だから。
「ははは、そんなこと言ったらお父さんに殺されちゃうよ。全くとんだ誘拐させられちゃったな」
「ちぇっ、つまんないの。先生、真面目過ぎ」
「君が不真面目過ぎるんだ!」
みっちゃんと二人、早歩きで元の場所まで戻ると、お父さんがラムネを飲みながら待っていた。
勇気を振り絞って声をかける。
「お、お父さん、びっくりさせて申し訳ありませんでした!」
「私がね、先生をそそのかしちゃったの!お父さんをびっくりさせたくて。ご、ごめんね?」
みっちゃんもフォローしてくれた。
お父さんはしばらく黙っていたが、ゆっくり口を開いた。
「そうでしたか。事情は分かりました。ただ、大事な娘が連れ去られたのでね、警察に連絡してしまいましたよ。先生には事情聴取を受けてもらうことになると思います」
がーん。
みっちゃんが泣きそうな顔で言った。
「お父さん、嘘でしょ?」
お父さんは真面目な顔で答えた。
「嘘だ」
「お父さん!!」
僕とみっちゃんは同時に叫んでいた。
「はっはっは、これでおあいこだな。さ、美智子と先生も一緒にラムネ飲みましょう。久しぶりに飲むと旨いですよ」
お父さんがラムネを2本買ってきてくれた。みっちゃんと僕はラムネの音を鳴らして、お父さんと3人でラムネを飲んだ。
僕は安堵の気持ちが強すぎてラムネの味がしなかった。
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※シロクマ文芸部に参加しています
創作大賞の応募作品も一旦書き上げたので今回から通常運転に戻ります。
今週から交流のある皆さんの応募作品をゆっくり読んでいっています。楽しいです😇
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