忠実な執事と梅の花 #シロクマ文芸部
梅の花が咲いていた。
昨日までは咲いていなかった気がする。
例年よりも早い開花だ。
私は迷っていた。
山奥にあるこの屋敷の執事として住み込みで働くようになって二十年。
旦那様は人格者で尊敬に値する御人だ。私は旦那様のためならば、どんなことでも厭わずに実行できる。
前の奥様が亡くなった後、旦那様は二回りも歳下の若く美しい女性と再婚されたのだが、この新しい奥様が問題で、勝手に若い男を雇って身の回りの世話をさせていた。
私は旦那様の指示で誰に知られることもなく、若い男を排除した。
しかし、奥様はすぐに別の若い男を雇ってしまわれる。旦那様は私に指示を出す。私は若い男を排除する。
このループをこれまで三回ほど繰り返していた。
そして昨晩、私が若い男を排除しているところを奥様に見られてしまった。
「やはりお前の仕業だったのね、山崎」
「申し訳ありません、奥様」
「あの人の命令でしょ。お前の意思ではない」
「いいえ、奥様。私の意思でやったことです」
「どっちでもいいわ!
山崎、あなたは私がなぜ若い男を雇っているか、分かっているの?」
「分かりません。知ろうとも思いません。畏れ多いことです」
「知って頂戴!
私はね、あの人からひどい暴力を受けているの。服を着ていると分からないでしょう?そこがあの人の薄汚いところ。人目に触れないように細心の注意を払っているんだわ。
見て!」
奥様はドレスのファスナーを下ろし、白く美しい背中を私に見せた。ムチでつけられたものと思われるミミズ腫れが複数あった。
「奥様、おやめください」
「ちゃんと見てよ!あなたはどう思うの?」
「何も思いません。思う権利がない男なのです。私は旦那様に救われました。どのような状況であろうと、旦那様は絶対なのです」
「どうして?どうしてそこまで……。
ねえ、助けて、山崎。
助けてください、山崎さん……」
半裸の若く美しい女が私の両手を取り、泣きながら助けを求めている。
私はこの屋敷に二十年仕える執事。
感情など、とうになくしたはずだった。
私は……。
翌朝、梅の木を見ると花は咲いていなかった。昨日見た気がしたが、見間違いだったようだ。
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