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手紙には書いていません #シロクマ文芸部

手紙には、こう書いてあった。

フライパンにたっぷりのお湯を沸かして。
お塩を少々入れるのを忘れないで。
具材は何でもいいの。
私はアスパラとベーコンが好き。
あ、オリーブオイルはたっぷり使ってね。ケチっちゃ駄目よ。
後はセンス。
私はあなたのセンスを信じてる。

何だ、これは。
いや、何回も読み返して今は確信している。
これはパスタの作り方に違いない。

では、なぜ薫さんは僕にこの手紙を?
薫さんは僕の高校のサッカー部のマネージャーをしている、ひとつ上の先輩だ。

薫さんは何でもよく気が付いて、明るい笑顔で部員みんなを励ましてくれる。
当然、全男子部員の憧れの人だ。

そんな薫さんが僕に手紙を手渡しでくれた。
「誰もいないところでひとりで読んでね」と。

控えめに言って、僕はモテるタイプではない。
レギュラーだけど、ギリギリだし。
でも、そんな僕でも期待してしまった。期待していいでしょう、このシチュエーションは。
家に帰ってドキドキしながら読んだ。

なのに、何なんだ、このパスタの作り方っぽい手紙は。「明日、また時間ちょうだいね」と言われたけど、一体何を言えばいいのだろう。

あー、もう今晩は眠れそうにない……。



「拓海くん、手紙、読んでくれた?」
部活終わりの部室の裏。薫さんがキラキラした笑顔で聞いてくる。

「もちろん!読みました」

「で、どうかな?」

「どうって、あの、め、麺の固さも気にした方がいいかも」

「は?」

「だ、だからですね、パスタはアルデンテの方が僕は好きです。センスとか、僕はないですけど、塩味が好きです」

「パスタを作ってあげたらってこと?」

「パスタの作り方を知りたいんじゃないですか?」

「誰が?」

「薫さんが」

「拓海くん、さっきから何を言ってるの……あ!え?ちょっと昨日渡した手紙見せて!」

僕はカバンに大事にしまっていた手紙を薫さんに渡した。手紙を読んだ薫さんは顔を真っ赤にして言った。

「ヤダ、コレ、お母さんにもらった料理メモじゃない。最初に言ってくれたらいいのに」

「あ、やっぱりそうなんですね」

「そうよ、そりゃそうでしょ!渡したかったのはね、ちょっと待ってね……あ、あった、こっちなの、こっち」

その手紙には、こう書いてあった。

拓海くんへ

突然こんな手紙渡してごめんなさい。
他にこんなこと頼める人いなくて。
拓海くんは口が固そうだから、思い切って相談させてください。

私、塾に通い始めたんだけど、拓海くんと同じ年の子のことが好きになってしまったの。
その子、もうすぐ誕生日らしくって何か渡したいんだけと、何がいいかな?
拓海くん、センス良さそうだからさ、教えて欲しくて。
よろしくお願いします♡

あーヤバイ。意識喪失しそう。
いや、それはカッコ悪過ぎる。
耐えろ!僕よ、平然とあれ!

「あっ、あー、そうなんですね!えーっと、そうですか、そうですね、何だろ、Amazonのギフトカードとかいいんじゃないですか?まだそこまで親しくはないんですよね?ですよね、じゃその方が。ええ、はい。
あ、しまった、もうこんな時間だ、僕もう帰らないと。今日は大好きなお笑いの大会があるんですよ、テレビで。僕、録画するの忘れちゃって。ごめんなさい。はい、うん、そうなんです。それじゃまた明日。お疲れ様です」

僕は一方的に話を終わらせると、家に向かって走り出した。今日もまた眠れそうにない。



ああ、どうしよう。拓海くんがニブ過ぎる。
こんなこと好きでもない人に頼まないって分からないのかなぁ。
来月の誕生日にAmazonのギフトカード渡したら気づいてくれるかしら……。

(1443文字)


※シロクマ文芸部に参加させていただきました

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