色とりどりのメシの種【第二話】 #創作大賞2024
子供の日って子供が働く日だったっけ。
むなしい自問自答。
俺は一緒に行きたいというユイに留守番を命じて、ひとりで放火魔の両親の家に向かった。
少し緊張してインターフォンを押す。
「はーい」
「あ、すみません、『何でもヘルプ屋マツダ』です」
「あ、はーい」
優しそうな女の人の声で安心した。
玄関のドアが開いて60代くらいの女性が出てきた。
マツダに言われた通り、挨拶をする。
「こんにちは。私、ハヤシ サトシと申します。本日はよろしくお願いいたします」
「まあ、お若いのにしっかりしているのね。こちらこそよろしくお願いします」
「早速ですが、今回の依頼内容を詳しく教えていただきたいのですが」
「分かりました。狭いですけど中へどうぞ」
リビングに通され、お茶を出してもらう。
他愛のないやり取りをした後、女性は依頼内容を話し始めた。
「マツダさんから聞いていると思いますけど、息子が、あの、放火魔になってしまって……。私もうどうしたらいいか分からないんですけど、何とかして欲しくって……ワー!」
放火魔の母親は激しく泣き出してしまった。
親としては辛いだろうが、こっちは困ってしまう。
「お母さん、落ち着いてください。少しお聞きしてもよいですか?息子さんが放火魔だというのはどうやって分かったのでしょうか?」
「あの子のノートを見てしまったんです!火をつける予定の場所と日付が書いてあって、実際に火事があった場所と日時が一致していたんです!」
「なるほど。でも、息子さんが火をつけたとは限らないですよね?」
放火魔の母親は激しく首を左右に振った。
「いやいや、私の仕業ですよ」
背後からバリトンの声が聞こえた。振り向くとすらっと背の高い、天然パーマの男が立っていた。
「私がね、神に代わって、燃やすべきものを順番に燃やしているのです」
「息子さんですか?」
俺は天パの男を指差して母親に確認する。母親はガクガクとうなづいた。
「では、お母さん、こちらの紙に署名と捺印をお願いします」
俺はマツダにもらった紙を母親に渡した。
依頼内容の遂行のためには手段を選ばないことを了承する旨、書面に記載されている。
母親の署名と捺印が終わるのを待って、俺は放火魔に話しかけた。
「あのー、聞いてもいいですか?なんで放火なんてするんですか?あ、その前になんで警察に逮捕されないんですか?」
放火魔は母親に問いかける。
「母さん、この人は私に聞いているのかな?」
「そうです、あなたに聞いています」
俺は放火魔の目を見て言った。
「ほう。若いのに肝が据わってますね。私が逮捕されるわけがないでしょう。神の代わりに燃やしているって言いましたよね?」
「そんなわけないだろ。こそこそやってバレてないだけだろうが」
「こそこそ?君ね、馬鹿言っちゃいけないよ。私はいつも堂々と火を放っています。指先から炎を出せるんですよ。君も燃やしてあげましょうか?」
なんだ、コイツ、人間じゃないのか?
化け物退治は便利屋に頼むことじゃないだろ。
俺は母親に向かって叫んだ。
「お母さん、息子さんは生まれつき火を出せるのですか?」
「いいえ、そんなことは!大学の卒業旅行から帰ってきてから様子がおかしくなったんです。話し方も態度も!こんな子じゃなかったんです、昔は。優しくて思いやりがあって。他人を燃やすなんて、そんなことをするような子ではありませんでした!」
母親は叫ぶように答えた。
「そうですか。もう息子さんじゃなくなってるかもしれないですね。見た目は息子さんでも」
「そんなこと言われても……」
「ああ、すみません。もうひとつ、いいですか?これまでの放火について息子さんは犯人として疑われているのでしょうか?」
「いいえ、全て原因不明の事故として処理されているようです」
「なるほど。よく分かりました。息子さんを、止めますね」
「はい!よろしくお願いします」
俺はマツダにもらった赤い種を取り出して食べた。
何の味もしない。何の変化も感じない。
話が違う!これじゃ放火魔を止められない!
急に恐怖感がやってきた。
逃げないと!燃やされてしまう!
しかし、次の瞬間、不思議な感覚に包まれた。
得体の知れない万能感。俺は、俺が何をできるか知っている。放火魔など怖くなくなった。
「あのー、放火魔さん。俺、あなたのこと、止めますね。お母さんに頼まれたから」
「君が私を止める?面白い。私はやはり君を燃やすことにします。ほら!」
放火魔の指先から炎がほとばしって俺に飛んでくる。
俺は避けずに受けて身体が燃え始めた。しかし、全然熱くない。
「あれあれ?もろに受けましたね。
どうですか?熱いでしょう?」
「いや、熱くないな。じゃ止めるね」
俺は燃え上がった身体で放火魔にタックルした。
倒れた放火魔に火が燃え移る。
「ギャー!熱い!
もうこの身体は用済みだ!」
放火魔の身体から何か白いものが抜け出してどこかに消えた。火は部屋に引火し、家が燃え始める。
「お母さん、息子さんを止めましたよ。あなたはどうしますか?」
「息子と一緒にこの家に残ります。母親ですから」
「そうですか。俺は、まだ生きないといけないので帰りますね」
「はい。ありがとうございました」
俺は目をつぶって「火よ、消えろ」と念じた。
俺の身体から火が消える。俺は裏口から放火魔の家を出た。やがて放火魔の家は全焼した。
俺はマツダに電話をかけた。
「終わりました」
「お疲れ様。すごいね。流石だね」
何が?
「そんなことないです。あれで良かったのかどうか。でも、報酬をください」
「ああ、すぐに君の口座に振り込んでおくよ。どうだい。この仕事、続けられそうかい?」
「こんな仕事、他にもあるんですか?」
「まあ、君次第かな」
「ちょっと今は考えられないです」
「そうか。でも、生きている限り、仕事はしなくちゃね。とりあえず少し休むといい。お疲れ様」
「はい、ありがとうございます」
コンビニに寄って残高を確認すると報酬が入金されていた。マツダに対する信頼が少しだけ芽生えた。
帰宅すると、ユイが飛んできた。
「兄ちゃん、大丈夫だった?」
「ああ、意外に」
「種、食べたの?」
「うん」
「何ともない?」
「うん。すごく腹が減ったかも」
「どうしよう?ごめん。何にも用意してない」
「いいよ。いつもの立ち食いそば、食べに行こう」
ユイと一緒に立ち食いそば屋に行く。
いつもはかけそばだけど、今日はコロッケそばのボタンを券売機で押す。
「兄ちゃん、いいの?」
ユイが聞いてきたので黙ってうなづいた。
兄妹で並んでコロッケそばを食べた。
お金を稼いで家族に好きなものを食べさせる幸せを知った。
しかし、俺が今日したことは。
人に言えるようなまともな仕事ではない。
考えないようにしていたが、俺は人殺しだ。
放火魔と何が違うのか。
「兄ちゃん、コロッケそば、美味しいね」
ユイのこの笑顔を守るためだったら、俺は何でもやる。そう決めた。
【第三話】オレンジの種
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