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次の始まりを待つ #シロクマ文芸部

始まりはいつだったんだろう。
気がついたらここにいた。

優しい人が二人いて、いつも私に微笑んでくれた。
二人の笑顔が大好きだった。
二人の笑顔が見たい私は、嫌なことでも頑張った。頑張って大人になった。

大人になった私を「好きだ」と言ってくれる人が現れた。
全く信用できなかった。
結構いたから、そういう人。
でも、言葉だけでなく、ずっと思いを伝えてくれる人がひとりだけいた。その人を信じることにした。

生活は、楽ではなかった。
二人で働いて、彼は帰りが遅かったから会話も減って。もう駄目かと思った時に、私のお腹に新しい命ができた。男の子だった。
私は仕事を辞めた。

私は我が子に愛情を注ぎ込んだ。これ以上ないくらいたっぷりと。すると、厳しい世の中を生き抜くには優しすぎる大人になってしまった。
ああ、大丈夫だろうか。「大丈夫だからほっといて」と言われてもほっとけない。
息子はさっさと家を出ていった。
私はただ息子の無事を祈ることしかできなくなった。

夫と二人の生活に戻った。
何を目的に生きればいいのか心配だったけど、案外楽しく過ごせた。この人を信じて良かったかも。

息子が可愛いらしい女性を連れてきた。
この子は私と同じくらい息子のことを大事に思ってくれるのだろうか。いや、そんなはずはない。私ほど大事に思えるはずがない。
ただ、お互いに信頼し合っているように見えた。私は、息子を信じることにした。

孫ができて、私はおばあちゃんになった。
どうしたらいいか分からない。
とても愛おしい。
とにかく愛情を注いだ。
あなたが好きだと精一杯伝えた。

夫と息子家族に囲まれて、私は幸せなのだと思う。やがて終わりが来るだろう。怖いが後悔はない。

その時が来たら、私は目を閉じて次の始まりを待つ。私が愛した人達と、また巡り会えることを信じて。

(740文字)


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