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【短編小説】消えた鍵 #シロクマ文芸部

消えた鍵が見つかった、と母から連絡があった。
父が隠していたらしい。
父はなんでそんなことしたのだろう。

僕はそれが何の鍵か知らないのだが、色や形はよく覚えていた。いかにも鍵だなと誰もが思うようなシンプルな形だけど、どことなく神々しい輝きを放つシルバー。

「きれいでしょう、これ」

そう言って母はよく私に鍵を見せびらかせていたが、
何度聞いても何の鍵かは教えてくれなかった。
母はどういうつもりだったのか。

今日は僕の18歳の誕生日。
今日から成人だ。全く実感ないけど。
何かが変わるのだろうか。

とりあえず今日は、いつもの誕生日の晩餐を楽しみたい。パティシエの父はいつもオリジナルの誕生日ケーキを作ってくれる。

僕は部活が終わると寄り道もせず、まっすぐ家に帰った。
家に入るとリビングに父と母が向かい合って座っていて、何かただならぬ雰囲気を醸し出していた。父は鼻を啜り、目を擦っている。泣いているのか?鍵を隠して母に怒られたから?まさか。

ちょっと面白くなった僕はおどけて言った。

「ただいま!お父さん、怒られて泣いてるの?」

「べ、別に泣いてないわ!」

そう言った父はやっぱり泣いていた。

「……そんなに僕が大人になったのが嬉しいの?でも、まだお酒も飲めないんだよ」

「健志、話があるの」

黙っていた母が口を開いた。

「この鍵ね、この小箱の鍵なのよ」

母が例の鍵を右手の親指と人差し指でつまんでゆらゆらさせる。母の目の前に宝石箱みたいな小箱があった。

「そ、そうなの」

僕はそれしか言えなかった。

「開けて中見ていいわよ。はい」

母がそう言って鍵を僕に渡してくる。

「い、いや、いいよ」

僕は本能か何かで拒否した。

「どうしても見てほしいの!お願い!」

「わ、わかったよ」

母の剣幕に負けて僕は鍵を開けて小箱の中を見た。
写真が数枚入っている。
知らない男女と赤ん坊が写っていた。
でも、男女の顔はどこかで見たことがある気がした。

「……見たよ」

「その写真の男女がね、あなたの本当のお父さんとお母さんよ」

「え?!」

「私はあなたの実の母親ではないの。お姉ちゃんなの。この人は私の夫だから、あなたにとっては義理のお兄さんね」

「お母さんがお姉ちゃん?お父さんがお兄ちゃん?お母さん、何言ってるかわからないよ」

「そうよね、分かるわ。順番に話すわね。私はあなたのお父さんの娘。父とあなたのお母さんが出会った時、私は大学生だった。父が自分とあまり年が違わない人と結婚するのは正直嫌だったけど、母は病気で亡くなっていたし、父が寂しい思いをするよりはいいと思って二人の結婚に賛成した」

僕は黙って母だった姉の話を聞いていた。頭では理解できる話だが、全く理解したくなかった。

「二人が結婚して一年くらいだったかな、健志、あなたが産まれたの。かわいい弟ができて私も嬉しかった。でも、ある日、私にあなたを預けて車で買い物に出かけた二人は交通事故で亡くなってしまったの。そして、私は当時付き合っていたこの人に相談して、あなたのお母さんになることにしたのよ」

なんてことだ。

「私はあなたのお母さんで幸せだった。でも、本当の両親のことをあなたに伝えずにいるのが苦しかった。それでこの人と健志が成人したら伝えようって約束していたの。なのに、この人は……」

父だった義理の兄は泣きながら叫ぶように話した。

「だって、話して何の意味があるん?養子縁組しとるし、健志がウチらの息子であることには変わりないやんか!」

「あんた、この写真を見ながら同じこと言えるの?!」

母が叫ぶと父は黙ってまた泣き始めた。
母が僕に向き直って言う。

「健志、隠していてごめんね。あなたは今日から大人。本当のことを知って、私達をどう呼ぶか、あなたが決めていいのよ」

「お母さん、馬鹿じゃないの?僕のお父さんとお母さんは目の前の二人だけだよ。だって、ここまで育ててくれたのはお父さんとお母さんでしょ?違うの?」

「違わない。違わないけど……」

母はうつむいて黙ってしまった。

「僕は、これからどうしたらいいんだ?」

誰にともなく言葉が漏れていた。

「どうもせんでええ!」

父はもう泣き止んでいた。

「これまで通り、何も変わらへん。お前が大人になっただけや、健志。大人になるって大変やろ。いろんなことを知らんといかん。逃げたらあかん。お父さん、逃げかけたけどな。アハハ。よし、ケーキ切るで!」

いまケーキを食べる気にはなれなかったが、僕は父にありがとうと言った。そして母に言った。

「お姉ちゃん、これまでありがとう。今度、本当のお父さんとお母さんのお墓参りに連れて行ってよ。これから毎年行くようにする。だから、これまで通り、お母さんって呼んでもいいですか?」

「……仕方ないわね。まあ、いいわよ」

「お母さん、素直じゃないなぁ」

父がおどけて言って、ようやくいつもの雰囲気に戻った。

「そもそもお父さんが鍵隠したの見つかるからいけないんじゃん」

僕はそう言ったけど、消えた鍵が見つかって良かったと、今は思っている。

(2020文字)


※シロクマ文芸部に参加させていただきました。

ミステリアスなお題に釣られて長く書いてしまいました。読んでいただきありがとうございます。

#シロクマ文芸部
#短編小説
#消えた鍵

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