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【短編小説】秋が嫌いな青年の独白 #シロクマ文芸部

「秋が好き」と言う人が嫌いだ。
なんとなく昔から。

夏の終わり頃になると途端に言い始める。
なんか「秋が一番いい」みたいなことを言い出す。
読書の秋とかスポーツの秋とか。

落ち着いて考えてみたら分かるだろう。
人それぞれだ、そんなものは。

年末に一年を振り返って、「ああ、秋に読んだあの本が一番面白かったな」とか「秋にアイツと戦った試合がベストバウトだったな」とか言うなら分かる。
でも、「秋が好き」とわざわざ言ってくる人の大部分は、なんとなく、雰囲気で好きだと言っているような気がする。

なぜ、そんなに秋を推してくるのか。

秋が旬の食べ物があることくらい、僕も知っている。
例えば、僕は秋刀魚が大好きだ。スイカも大好きだが、秋刀魚の方が好きだ。だからと言って、「夏より秋の方が好き!」とはならない。

実は秋って大したことないんじゃないか。
僕たちの知らないところで、大人が頑張って「秋はいいぞ」って言ってるだけなんじゃないか。

僕はずっとそう考えていたのだけど、最近になって少し考えが変わった。

運動不足解消のために散歩を始めたのだが、秋の散歩が妙に心地良いのだ。特に川沿いを歩くのは最高だ。この前も散歩中にたまに会う女性とそういう会話をした。

「散歩にはいい季節になりましたね」

「はい、『散歩の秋』ですね。僕は季節の中で秋が一番好きかもしれません」

「フフフ、私も秋が好きかも。ではまた」

軽薄な人間だと笑いたければ笑えばいい。
しかし、僕は実体験をもって秋が好きだと言っているのだ。雰囲気で好きだと言っている人達と一緒にしないでもらいたい。

さて、そろそろ散歩の時間だ。出かけるとしよう。

うん、やっぱり秋の散歩はいい。どこまでも歩いていける気がする。

もう少しで彼女に会える川だ。
今日も会えるといいが。

いた!

だが、男と一緒だった。綺麗な人だ。付き合ってる男がいてもおかしくない、か……。

「あ、こんにちは」
彼女が僕に気づいて声をかけてきた。

「こ、こんにちは。今日は彼氏さんと一緒ですか?」
否定して欲しかった。友達か兄弟だと言って欲しかった。

「いやだー、違いますよ、アハハ……旦那です」
終わった。

「そ、そうですか。夫婦でお散歩、いいですね。では僕はこれで」
僕はなんとかそれだけを言って、その場を立ち去ろうとした。

「あ、待って。まだまだ暑いので良かったら、コレ」
彼女は僕の右手に塩飴を手渡してくれた。

「あ、ありがとうございます」
僕は過去最高速度の早歩きで逃げ出すように彼女達から離れた。

「失恋の秋」という言葉が浮かんだ。失恋に一番いい季節なんかあるものか。

秋なんか嫌いだ。

右手を開いて受け取った塩飴を見た。
何かメモのような紙も一緒に受け取っていたようだ。
メールアドレスのようなものが書いてある。

秋を嫌いになるかどうかは、まだ保留にしておこう。

(1149文字)


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