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人はコロナ後の世界の夢を見るか?

荒川央 (あらかわ ひろし)

ハリソン・フォード主演の名作SF映画『ブレードランナー』(原作はフィリップ・K・ディックの古典SF小説『アンドロイドは電気羊の夢を見るか?』)。舞台は近未来。レプリカント (原作ではアンドロイド) は、人間が避ける惑星開拓といった過酷な労働への従事者として作られました。そしてブレードランナーとは、雇い主を殺して地球へ逃亡してきた彼らを処刑するハンターです。レプリカントには遺伝子組換えやクローン技術等も使われ、人間と見分けがつきません。見分ける唯一の方法は、感情移入度を測る心理テストです。ところが彼らはテストから逃れるために、自分自身に偽の移植記憶を植え付けています。そのため本人でさえも自分がレプリカントである事を知りません。なんと残酷な話でしょうか。自分がレプリカントであると気付く事はすなわち、自分は殺人者であり、狩られる身であり、残り少ない寿命を知るという事を意味します。作られた命であるレプリカントの寿命はたった4年しかないのです。「それは移植記憶だ。」というデッカード(ハリソン・フォード)の言葉を聞いた時、私は背筋が凍るような衝撃を受けました。記憶というものは自分の歴史そのものなのです。
コロナワクチンの危険性を理解してもらう事がなぜこんなにも難しいのか。考えている内に私は「ブレードランナー」を思い出しました。

新型コロナは風邪や肺炎の症状を伴う事も多いのですが、本質的には血栓症です。血栓は動脈、静脈、毛細血管にまで及びます。重要なのは、血栓症にはコロナウイルスそのものは必ずしも必要なく、コロナウイルス由来のスパイクタンパク単独でも血栓症を起こし得るという事です。そして、そのスパイクタンパクこそがコロナワクチンの毒性の本体なのです。

つまり現行のコロナワクチンとは、「コロナウイルスに感染するのが怖いので、コロナウイルスの遺伝子を使ってウイルスの持つ毒性タンパクを体内で量産させてみよう」という人体実験です。ワクチンの大量接種が始まる前の私は「特に生命科学を学んだ経験がある人達は、まさかこんな未知の実験に参加するわけがないだろう」と甘く考えていました。そして、協力してくれる人が見つかれば、まずは周りから理解を広げていこうと思ったのです。ところが蓋を開けると、協力者どころか理解者すらも皆無の状態でした。

その後、私は科学者ではない家族や親しい人達にもコロナワクチンの危険性を伝えようと試みました。しかしながら、一時的には話に耳を傾けてくれる人も居ましたが、結局はその方達の多くもワクチン接種を受けてしまいました。理由を聞くと、「テレビや新聞で専門家や権威がワクチン接種を勧めていた」「かかりつけ医者にワクチン接種を勧められた」「周りのみんなも打つから」といった理由が多く、マスメディアそして医師の影響力とは如何に大きいものかと改めて強く実感しました。

個人的に私を信頼しており、私の科学的知識も信用してくれている。そういった人達でさえも、私がいくらコロナワクチンは危険だと訴えても、結局どこか本気にしていませんでした。伝えたい事が伝えたい人に伝わらない。私自身それがなぜか分からない。それならば、今後は少しでも分かってくれる人から伝えよう、自分や親しい人の命を守る意思のある人達から伝えよう、と考えたのがこのブログを始めたきっかけです。

「自分自身の目で見た世界を素直に感じ、自分の頭で考えて判断する。」そういった事ができる人は多くはありません。自分の判断を大切にできる人とは、すなわち自分自身を十分信頼できている人とも言えるのではないでしょうか。そうでなければ、多数派と異なる判断をしながら同調圧力に抗う事は難しいでしょう。自分を信頼していない人は、あらゆる判断を他者の、主に多数派の意見に依存します。テレビや新聞の情報を盲信し、そこで見た医師や権威の意見だけを拠り所にし、実体の無い世間の空気に簡単に流されていきます。

コロナ騒動における集団心理は、政府がマスメディアを巧みに利用し、テレビや新聞がコロナの恐怖を煽りながらワクチンを推進する報道を繰り返したからに他なりません。政府のコロナ予算からの莫大な補助金を受け取る医療機関は、コロナワクチンを推進しながらその薬害には目を瞑ってきました。現在、日本は既にブースターワクチンの接種率は世界でもトップレベルに達しています。ではもし本当にコロナワクチンに感染防止効果があるのであれば、なぜその日本において世界一になるほどの感染爆発が起きているのでしょうか。

日本政府にもマスメディアにも悪しき前例はいくつもあります。一つは第二次世界大戦時のいわゆる「大本営発表」です。これは日中戦争および太平洋戦争中の日本国政府による戦況の公式発表です。 太平洋戦争の初期までは、政府は戦果を概ね正確に発表していましたが、敗戦が色濃くなってきた頃から戦果の水増しが始まり、以降は戦況の悪化を隠すために虚偽の発表を重ねに重ねました。実際に終戦後はマスメディアの信用は一度失墜し、戦後の人々は価値観を変えざるを得なくなりました。それ以来「大本営発表」とは、権力者や利権者による操作された情報を揶揄する言葉となりました。

今現在もまるで戦時中の様相です。コロナ騒動が始まってからのマスメディアの報道とはまさに「大本営発表」そのものではないでしょうか。戦争当時と異なるのは、そもそも日本ではワクチン接種は義務ではありませんでしたので、本来は誰もが自分自身で判断して選択できたはずだという点です。

大前提として、コロナワクチンを接種してもコロナウイルスには感染します。そして感染した場合のウイルス保有量も未接種者と同等に多く、また他人にも感染させます。しかし製薬利権を元とするであろうワクチンを推進する勢力は、日本人の本来の気質である優しさ、誠実さ、善意を利用し、ワクチン販売促進のためには事実に反する事を流布する事もいといませんでした。「大切な人を守るためにワクチン接種を」「思いやりワクチン」こうした言葉に騙された人は多いでしょう。実際、コロナワクチンを接種した事をSNS等で嬉しそうに報告する人も少なくありません。「他者のため、社会のためにつらい副反応にも耐えて頑張っている自分」典型的なものとしては、例えばプロフィールでワクチンの接種回数を一種のステータスシンボルとしてアピールしている方等でしょうか。このように「コロナワクチン接種は利他的な善行である」と思い込む人は多いです。

「コロナワクチンの嘘」をいくら冷静に指摘しても分かってもらえない理由の一つは、マスメディア、日本政府、公的機関、専門家が「まさか」嘘を付いているとは思いたくない、というのが理由の一つかもしれません。そして、とてつもなく大きな嘘は案外バレにくいのかもしれません。

しかし、嘘をつく者の言動には時間の経過とともに矛盾が出てきますので、最終的に彼らは更なる嘘を重ねる事態に自ら陥っていく事になるでしょう。

私自身、コロナ騒動およびコロナワクチンの嘘に気付いてからというもの、マスメディア、政府、医療機関、権威に対してこれまで持っていた信用が連鎖的に崩壊しました。それはまさにレプリカントが「移植された偽の記憶」に気付き、今までの自分をほとんど否定されたようなものでした。主な情報源であるマスメディアが信用できなくなれば、各人はそれぞれ自分の頭で考えて判断する事を始めようとするでしょう。そして、その時にこれまで一緒にいた人達が相変わらず思考停止状態のままであるならば、そうした人達ともお互いに精神的に離れていかざるを得なくなってしまうのです。この分断は決して簡単な話ではありません。それこそがコロナワクチンの危険性を伝えようとしても、伝えるのが難しい理由の一つかとも思います。

日本でもコロナワクチンの大量接種が始まってから既に1年以上が経過し、現在は更に接種が進んでいます。今となっては「自分や家族もワクチンを繰り返し接種してしまった。いまさら否定的な意見を認めるわけにはいかない」という気持ちが強い方も多いかもしれません。実際にコロナワクチンを自らの手で大量接種してきた医療従事者の中にはこのワクチンの危険性にどこかの時点で気付いた方も居るでしょう。その場合、自分は善意で行ってきたはずの行為が、実は大勢の人に毒性の高い遺伝子薬剤を注入していたのだという事を認める事になります。けれどももし、もはや後には引けないという思いを持つとすれば、それは正しくありません。過去は変えられませんが、これからの未来は変えられます。

未だに何の疑問も抱いていない人達は、これからもこのコロナワクチンを、近い将来に4回、5回、6回、7回と繰り返し接種していく事になるでしょう。動物実験から推定されるのは、ワクチン接種の繰り返しは命の危険があるという事です。自己免疫疾患、心筋炎、癌などコロナワクチン後遺症の多くが「老化」に関連した病気です。コロワクチン接種によって文字通り体の老化が進み、繰り返す度に更に寿命を縮める可能性があるのです。実際、これまでコロナワクチンを信用してきた人達の中にも、疑いを持つ人が少しずつ増えてきているように思います。この状況に疑問を抱き始めている人は、コロナワクチンの危険性についても耳を傾けてくれる余地があるでしょう。私はまだ何も諦めていません。

結局の所、コロナ騒動の問題の本質を理解する人の割合が高くならなければこの騒動を止める事はできず、コロナワクチン接種者が社会の大多数になった現在、接種者にこそ問題の本質を理解してもらう必要があるのです。しかしながら、これまでの世界に何の疑問も持たなかった人にはその第一歩のハードルがとてつもなく高いのかもしれません。それでも、最初はどうしても「自分で」気付かないといけないのです。気付いた後にはドミノ倒しのようにこれまでの価値観が崩壊し、場合によってはこの世界がまるで変わって見えてくるかもしれません。コロナ騒動の始まりに集団心理があるのなら、終わらせるには集団心理の転換が必要なのです。コロナ騒動の被害者は正当な怒りの声を上げる権利があり、実際にそれをぶつける相手も存在するのです。最終的には、ワクチン被害者やその家族、遺族の怒りこそが世界を変えるのではないでしょうか。

コロナワクチン接種がここまで進んでしまった現在、そして更なる接種をこれからも重ねようとしている日本という国。もはや、かつての日常はもう戻っては来ないのだという覚悟すら必要だと私は考えています。少し前までは私もかつての日常が好きでした。しかし、嘘や欺瞞で塗り固められ、自由のみではなく己の健康や命すら常に他人に脅かされるような世界ならば、私はもはや御免こうむります。何にせよ、今まで当然と信じていた事を否定するのは誰にとっても相当な痛みを伴うプロセスでしょう。しかしそれは、個人の本当の意味での自由や生きる権利を取り戻す出発点になるのだと私は信じています。




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*記事は個人の見解であり、所属組織を代表するものではありません。



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荒川央 (あらかわ ひろし)
1991年 京都大学理学部卒業 1996年 京都大学理学博士 (分子生物学、免疫学) バーゼル免疫学研究所 (バーゼル)、ハインリッヒ・ペッテ研究所 (ハンブルク)、ヘルムホルツ研究所 (ミュンヘン)、マックスプランク研究所 (ミュンヘン) を経て分子腫瘍学研究所 (ミラノ)所属