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セントラルドグマとmRNA: マサチューセッツ工科大学 (MIT) の総説論文から

「セントラルドグマ」と聞くと某アニメを連想する方もいるかもしれませんが、これはれっきとした生物学の用語であり生物学の基本となる概念の一つです。

ファイザー、モデルナのコロナワクチンは「RNAワクチン」です。「RNAワクチンは短期間で分解されるので、人体に悪影響は無い」と言う言葉を目にする事もありますが、実際のところはどうでしょうか。これは、必ずしもそうとは言えない話なのです。本題に入る前に、まずは生物学の基本となる細胞でのDNA、RNAの働きからお話しさせてください。

ヒトの遺伝情報はDNAに保存されています。何を持って遺伝子とするかは定義次第なのですが、狭義での遺伝子の定義はタンパク質をコードするDNA上の領域を指します。この定義ではヒトの遺伝子数は約2万です。

ヒトの染色体は46本。父親、母親から受け継いだ23本ずつの染色体の合計です。 1つの生物がもつ遺伝情報の総体を分子生物学で「ゲノム」と呼びます (ただしミトコンドリアDNAは除く)。遺伝子は染色体上に点在しており、全ヒトゲノムのうち遺伝子に対応する領域は3%程度に過ぎません。残りの大部分は「ジャンクDNA」あるいは「繰り返し配列」などと呼ばれ、太古に染色体に寄生したウイルスやトランスポゾンからなります。最近だんだんとこれらの領域にも生物学にとって重要な機能がある事が分かってきたのですが、今回は遺伝子のお話しを。

細胞の構造、機能の大部分はタンパク質によって担われます。タンパク質に対応する遺伝情報は染色体上の遺伝子にあり、タンパク質を随時作るために必要な遺伝情報のコピーを作成します。これがmRNAです。エム・アールエヌエー、またはメッセンジャー・アールエヌエーと読みます。タンパク質を作る鋳型として、一時的に遺伝子DNAからコピーされたものがmRNAです。

分子生物学の基本概念であるセントラルドグマでは遺伝情報は「DNA→(転写)→mRNA→(翻訳)→タンパク質」の順に伝達されます。これがセントラルドグマのルールです。フランシス・クリックが1958年に提唱しました。タンパク質を必要な時に必要な分だけ作るために、mRNAは作られた端から分解されていきます。遺伝情報であるDNAは安定で、mRNAはすぐ壊される不安定な物質、といったイメージでしょうか。

セントラルドグマが提唱された後に、セントラルドグマのルールには例外がある事も分かってきました。主な例外はウイルスです。ウイルスは細胞内寄生体で、細胞内に侵入し、宿主細胞の酵素系を流用して自己を複製させます。ウイルスが生物かどうかについては議論がありますが、一般的には生物とはみなされません。物質と生命の中間といったところでしょうか。生命活動を停止して物質として安定に保存する事もできるのです。ウイルスの中には遺伝情報としてDNAではなくRNAを用いるものも多くあります。

レトロウイルスもRNAウイルスです。あまり知られていないようなのですが、レトロウイルス (retrovirus) の名前の由来は本来 Reverse Transcriptase-containing Oncogenic Virus の略称です。日本語に訳すと「逆転写酵素を持つ腫瘍ウイルス」という意味になります。レトロウイルスは自身のRNAゲノムをDNAに逆転写する酵素を持ち、逆転写した自身の配列を宿主の染色体に挿入させます。そこからさらに転写する事により自身の複製を行うのです。ジャンクDNAの多くもそうしたレトロウイルスやレトロポゾン、あるいはその残骸です。そしてその中には逆転写酵素の遺伝子も残っているのです。「腫瘍ウイルス」という言葉からも分かるように、多くのレトロウイルスは癌を引き起こします。実は、多くの動植物での癌はレトロウイルスによる伝染病です。例えば、猫の伝染病である猫白血病ウイルス (FeLV) は発癌性レトロウイルスで、猫の悪性リンパ腫の原因となります。レトロウイルスにおける癌遺伝子の発見から、癌は遺伝子の病気である事が分かってきました。ちなみに、人間は進化の過程でレトロウイルスによる伝染病タイプの癌をほぼ克服した稀有な生物です。

コロナウイルスもRNAウイルスです。ただし、レトロウイルスとは異なり、自身のRNAを複製するためにDNAを必要としません。RNAからRNAを作ります。この機構もセントラルドグマの例外です。コロナウイルスのようなRNAウイルスは、RNAからRNAを複製するために、RNA依存性RNA複製酵素を自前で持っています。


以下、マサチューセッツ工科大学 (MIT) の総説論文からの続きです。

Worse Than the Disease? Reviewing Some Possible Unintended Consequences of the mRNA Vaccines Against COVID-19
Stephanie Seneff, Greg Nigh
International Journal of Vaccine Theory, Practice, and Research 2021
https://ijvtpr.com/index.php/IJVTPR/article/view/23
mRNAの選択と修飾における留意点
原理的には簡単なプロセスであるが、mRNA ワクチンの製造者はいくつかの重大な技術的課題に直面する。第一に、これまで述べてきたように、細胞外のmRNA自体が免疫反応を引き起こす可能性があり、細胞に取り込まれる前に急速に除去されてしまうことである。そのため、mRNAを免疫系から隠せるようなナノ粒子に封入する必要がある。
ワクチンに含まれるmRNAは、DNAを鋳型として合成された後、いくつかの修飾工程を経る。これらのステップの中には、リボソームによるタンパク質への翻訳をサポートするために適切に修正された、ヒトのmRNA配列と同じように見えるように準備するものもある。その他の修飾は、抗体反応を引き起こすのに十分なタンパク質を生成できるように、mRNAが分解されないようにすることを目的としている。修飾されていないmRNAは、血清中のインターフェロン-α(IF-α)濃度を高める免疫反応を引き起こすが、これは望ましくない反応と考えられている。しかし、研究者たちは、mRNAのすべてのウリジンをN-メチル-シュード (偽 (ぎ)) ウリジンに置き換えることで、分子の安定性が高まると同時に、免疫原性が低下することを発見した(Karikóら、2008年、Corbettら、2020年)。このステップは、ワクチンのmRNAの調製の一部であるが、さらに、分子の5'末端に7-メチルグアノシンの「キャップ」が付加され、3'末端には100個以上のアデニンヌクレオチドからなるポリアデニン(ポリA)テールが付加される。キャップとテールは、細胞質内でのmRNAの安定性を維持し、タンパク質への翻訳を促進するために不可欠である(Schlake et al., 2012; Gallie, 1991)。


mRNAは生体内ですぐに分解されるために通常は不安定です。さらに、外部から侵攻した感染体を識別、攻撃する免疫の仕組みのために、RNAを体に導入しようとしてもすぐに分解されてしまいます。RNAワクチンは、このRNAの不安定さを技術的に克服したために可能になりました。

RNAワクチンは脂質ナノ粒子 (lipid nano-particle) で保護されているために細胞外のRNA分解を免れています。さらに、ウリジンを1-メチルシュードウリジン (偽 (ぎ) ウリジン) で置換しているため、細胞内の分解機構にも耐性になっています。そして、RNAワクチンが実際どのくらいの期間生体内で残るのかはっきりと分かっていません。

次の記事ではこの部分をもう少し詳しく解説していきます。


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*記事は個人の見解であり、所属組織を代表するものではありません。


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