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立体構造から予測されるデルタ変異株への抗体依存性感染増強 (ADE): Journal of Infectionに掲載された論文より

「同じ場所にとどまるためには、全力で走り続けなければならない。(It takes all the running you can do, to keep in the same place.) 」ルイス・キャロルの小説『鏡の国のアリス』に登場する「赤の女王 (ハートのクイーン) 」の言葉です。

「赤の女王仮説」は進化に関する仮説の一つで、「種・個体・遺伝子は生き残るためには常に進化し続けなければならない」事の比喩として用いられます。変化する環境に対し、生物は適応して進化しなければ生き残る事ができません。赤の女王仮説は敵対的な関係にある種同士の進化的軍拡競走などにも当てはまります。免疫系と病原体は敵対関係にあり、免疫系が病原体に何らかの形で対処しようとすれば、それに対抗し病原体も進化する事になります。

これはワクチンとウイルスの関係にも当てはまります。コロナワクチンの接種によりワクチン耐性株のウイルスが出現し拡大する事が予想されています。ここでの大きな問題は「コロナウイルスは抗体依存性感染増強 (ADE) を起こすウイルスである」という事です。コロナワクチン接種によってコロナウイルスに対する抗体を持つ人が増えていくにつれ、その抗体を利用するコロナウイルス変異株が自然選択で有利になっていきます。たとえワクチン接種者がワクチンによってウイルスに対する中和抗体を持ったとしても、変異株ウイルスはさらにその中和抗体を無効化する変異を持つかもしれません。また、感染増強抗体に対する親和性を上げていこうとするかもしれません。そしてADEには第三の経路もあるかもしれないのです。今回はそういった事項についてのお話しです。


現在使われているコロナワクチンを接種した方がデルタ変異株に感染するとどうなるのでしょうか。新型コロナ感染者で検出される4A8抗体は中和抗体の代表的なものですが、この抗体が認識する抗体結合部位 (エピトープ) は、オリジナルの新型コロナウイルスとデルタ変異株では劇的に変化しています。この事を論文の筆者らは分子モデリングによって検証しています。デルタ変異株に対しては中和抗体が上手く働かず、また感染増強抗体のデルタ変異株への結合はより強くなると予想されています。つまり、コロナワクチンを接種した人がデルタ変異株に感染すると抗体依存性感染増強 (ADE) が発生する可能性が予想されるという事です。

以下、Journal of Infectionに掲載された論文です。

感染促進の抗SARS-CoV-2抗体は、オリジナルのWuhan/D614G株とDelta変種の両方を認識する。集団予防接種の潜在的リスク?
Infection-enhancing anti-SARS-CoV-2 antibodies recognize both the original Wuhan/D614G strain and Delta variants. A potential risk for mass vaccination ?
Yahi et al. J. Infect. 2021
https://pubmed.ncbi.nlm.nih.gov/34384810/
抗体依存性感染拡大(ADE)は、ワクチン戦略における安全性の懸念である。最近の発表では、Liら(Cell 184 :1-17, 2021)が、SARS-CoV-2スパイクタンパク質のN末端ドメイン(NTD)に対する感染増強抗体は、in vitroではウイルスの感染を促進するが、in vivoでは促進しない事を報告している。しかし、この研究はオリジナルのWuhan/D614G株を用いて行われたものである。現在、Covid-19パンデミックではDelta変異体が主流となっているため、これらの変異体のNTDと促進抗体の相互作用を解析した。分子モデリングの手法を用いて、感染増強抗体はWuhan/D614GのNTDよりもDeltaバリアントに対して高い親和性を持つ事を示した。また、感染増強抗体はNTDを脂質ラフトマイクロドメインに固定する事で、スパイク三量体の宿主細胞膜への結合を強化する事を示した。この安定化メカニズムは、受容体結合ドメインの脱マスキングを引き起こす構造変化を促進する可能性がある。NTDは中和抗体の標的にもなっている事から、今回のデータは、ワクチン接種を受けた人の中和抗体と感染増強抗体のバランスは、オリジナルのWuhan/D614G株では中和に有利である事を示唆している。しかしDelta変異体の場合、中和抗体はスパイクタンパクに対する親和性が低下しているのに対し、感染増強抗体は顕著に親和性が上昇している。したがって、オリジナルの武漢株スパイク配列に基づくワクチン(mRNAまたはウイルスベクター)を接種している人にとってはADEが懸念される。このような状況下では、構造的に保存されたADE関連エピトープを欠くスパイクタンパク製剤を用いた第二世代のワクチンを検討すべきである。


スパイクタンパクは三量体から成ります。言い換えると、スパイクタンパクは同じものが3つ集まって一つの複合体として機能しているという事です。今回の研究対象となった抗体はコロナ感染者から分離された「1054」抗体で、この抗体は感染増強抗体です。

デルタ変異株には2種類の変異パターンがあります。
B.1.617.1 (G142D/E154K)、
B.1.617.2 (T19R/E156G/del157/del158/A222V)

抗体結合試験を行うと、「1054」感染増強抗体はオリジナルのSARS-CoV-2株よりもこれらのデルタ型変異体に対してより高い親和性を示しました。

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上の図は分子モデリングによるタンパクの構造解析です。図1Aは細胞方向から見た三量体スパイクタンパクの構造。抗体は緑色の部分。青、黄、紫が三量体中のそれぞれのスパイクタンパクです。図1Aを見ると分かるように、抗体が認識する部位 (エピトープ) は抗原の一部分だけです。図1BはN末端ドメイン (NTD) と脂質ラフトの相互作用、図1Cは図1Bに抗体 (緑) を加えた脂質ラフト-スパイク-抗体複合体の全体です。脂質ラフトは細胞膜のマイクロドメインの一種で、細胞膜の一部と考えて下さい。ウイルスの感染にも重要な役割を果たします。

図1Dは図1Cの左側の部分の拡大図です。図1E、Fは図1Dのタンパクの立体構造をリボン図で表したものです。これらを見ると、抗体の一部は脂質ラフト (細胞膜の一部) と相互作用している事が分かります。抗体の2つの箇所 (28-31、72-74; 図1F) が脂質ラフトと直接相互作用する事で複合体を安定化させています。

通常のADEでは、抗体と複合体を作ったウイルスはFc受容体を持つマクロファージなどの細胞に感染します。Fc受容体とは抗体のFc部位に対する受容体です。これに対しこの研究では、感染増強抗体はNTDと脂質ラフトを二重に認識し、スパイクタンパクと宿主細胞膜の結合を強化する事を示しています。これは新しいタイプのADEを起こす可能性があります。例えば、デングウイルス感染時のADEにはそのままの脂質ラフトが必要であるという事も知られています。図1の結果は、1054抗体によって誘発されるFcRに依存しない感染促進のメカニズムを説明できます。

デルタ変異株に対しては中和抗体が上手く働かないかもしれません。さらに1054タイプの感染増強抗体はデルタ変異株との親和性が上がります。その上このタイプの抗体を持っていると、デルタ変異株はACE2もFc受容体も持たない細胞にも感染し、ADEを引き起こす可能性があるという事です。

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同じ抗体でもウイルスの株によって親和性は変わるため、コロナウイルス株によって中和抗体と感染増強抗体のバランスは異なるでしょう (図2)。ADEを起こしやすい株が競争に勝つのは偶然ではなく、ウイルスが免疫系に対抗して進化する性質を持つためです。

結論としては、コロナワクチンを接種した人がデルタ変異株にさらされた場合にはADEが発生する可能性があるという事です。この潜在的なリスクはコロナワクチンの大量接種が始まる前からウイルス学者達によって予測され、警告され続けていました。現在発生しているデルタ変異株の流行下においてワクチン接種を推し進める事は、人類にとって深刻なリスクとなり得る可能性があります。ワクチン接種者のADEの可能性については更に慎重に観察し、調査し続ける必要があるでしょう。

*ちなみに図に被せて入っている「journal pre-proof」とは著者用の校正刷りの段階です、という意味です。既に論文自体の査読は済んでおり、出版前に著者が誤植などの訂正ができる最後の段階という事です。



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*記事は個人の見解であり、所属組織を代表するものではありません。


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