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コロナ感染者のゲノムからもコロナウイルスは検出された: 米国科学アカデミー紀要に掲載された論文から

3回に渡る逆転写についての記事の最後になります。遺伝子組換え解析の専門技術的な説明が続くため、どうしても難しくなってしまいますので、興味のある方以外は最後の結論だけを読んでくださっても大丈夫です。


逆転写酵素を過剰発現していない細胞でもコロナウイルスRNAが逆転写されてゲノムに組み込まれる事はあるのでしょうか? この可能性を検証するために、逆転写酵素発現プラスミドを強制発現させない条件で、SARS-CoV-2を感染させたHEK293T細胞およびCalu3細胞からゲノムDNAが精製されました (図2A)。

前回の記事で紹介した実験では、コロナウイルスのゲノム挿入を確認するために、ヒトDNAの全ゲノムシークエンシングを行なっています。その場合ウイルスゲノムが挿入されていない部分の配列データはほぼ無駄になるわけです。今回の実験では、効率を上げるためにウイルスゲノムが挿入された領域のみに解析が絞られました。そのためにTn5タグメンテーションの技術が使われています。


以下、米国科学アカデミー紀要に掲載された論文の続きです。

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タグメンテーションはトランスポゾンの転移酵素 (トランスポゼース) を利用し、特定のDNA配列 (タグ) を付加すると同時にDNAを断片化する技術です (図2B)。SARS-CoV-2上にデザインしたプライマーとタグ上のプライマーでPCR増幅をかける事により、SARS-CoV-2とヒトゲノムと組換えを起こした結果できるキメラ配列のみをPCRで増幅する事により、濃縮する事ができます (図2B)。

このようにSARS-CoV-2のヒトゲノムへの挿入部位の濃縮シークエンスを行った結果、SARS-CoV-2がゲノムに挿入された根拠となる遺伝子配列が検出されました。図2Cはヒトゲノム (青色) とSARS-CoV-2 (ピンク色) のキメラ配列で、対応するヒトゲノムは15番染色体に (図2D)、SARS-CoV-2は末端付近に (図2E) 見つかります。HEK293T細胞から2例、Calu3細胞から5例、ゲノムへの挿入が見つかりました (図2F)。


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ではコロナ感染患者のゲノムにコロナウイルスが取り込まれる事はあるのでしょうか。

ゲノムに挿入されたコロナウイルスの向きはランダムであると推定されます。そのため、発現している宿主遺伝子に統合されたウイルスDNAの約半数は、宿主細胞遺伝子の転写方向とは反対の向きになるはずであると予測されました (図3A)。実際にナノポアのデータセットでは、ヒト遺伝子に取り込まれたウイルスの約50%が宿主遺伝子と反対の方向でした (図3B)。このようにウイルス配列がゲノムに組み込まれた結果できるキメラ転写産物では、ヒト遺伝子とウイルス遺伝子の向きが反対のものが約50%を占めました。

コロナウイルスのゲノムはRNAです。DNAを介さずにRNAからRNAを複製するために、コロナウイルスは自前のRNA依存性RNA複製酵素の遺伝子を持っています。コロナウイルスは正鎖 (遺伝子を転写するための鋳型) のRNAから負鎖のRNAを複製し、それを鋳型として大量のRNAウイルスゲノム (正鎖) をコピーします。

急性感染したCalu3細胞や肺オルガノイドでは、ウイルスの総リード数の0~0.1%だけが負鎖RNAに由来していました (図3C)。つまり、急性感染細胞では正鎖は負鎖の少なくとも1,000倍多くなるという事です。

ディープシークエンスのためのRNA-seqライブラリ作成時のアーティファクト (実験のエラーによる副産物) でも、コロナウイルスとヒト遺伝子の組換え体が生じるかもしれません。その際には技術的な理由により、コロナウイルスとヒト遺伝子の正鎖同士がキメラになる事が推定されます。急性感染した細胞/臓器では、ヒト-ウイルスキメラリード中には正鎖がほとんどで、負鎖のウイルスは0~1%しか含まれていませんでした (図3D)。こうしたものの中ではゲノムに挿入されたSARS-CoV-2の配列に由来する配列はごく一部であると考えられます。

急性感染したCalu3細胞や肺オーガノイドで得られた結果とは対照的に、一部の患者由来の組織では、全ウイルスリードの最大51%、ヒト-ウイルスキメラリードの最大42.5%が、負鎖のSARS-CoV-2 RNAに由来していました (図3 E-G)。一部の患者の組織における負鎖RNAの割合は、急性感染した細胞やオルガノイドにおける割合よりも桁違いに高かったのです (図3 C-G)。このようなケースでは、ウイルスの転写産物の大部分が宿主ゲノムに取り込まれたSARS-CoV-2配列から転写されたものである可能性が高いという事です。


結論としては、「コロナウイルスが逆転写されてゲノムに挿入される事はある」という事です。さらに、そうした遺伝子座からコロナウイルス遺伝子とヒト遺伝子のキメラ遺伝子が転写される事があります。コロナウイルスの逆転写には、ヒトゲノム由来の逆転写酵素が利用される事もあれば、あるいは同時に感染したレトロウイルスの逆転写酵素が利用される事もあるようなのです。



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*記事は個人の見解であり、所属組織を代表するものではありません。


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