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簡単に(?)わかる「実は半数以上のユニコーンは創業者がRichになれない」問題

「優先分配条項」のせいで、実は世の中のユニコーン企業の創業者の半数以上はRichになれないかも。「でもそれ具体的にはどういうこと??」について、前提知識があまりない方もわかるようにVC弁護士が解説しました。

要は、以下のツイートの詳細版です。

なお、ツイッター上では「ベンチャーキャピタル(VC)は詐欺だ!」くらいの反応もありました。でも、私個人としては優先分配条項については全くのニュートラルです。原則としては合理的な規定かと思っており、当該規定そのものを非難する趣旨は全くありません

もっとも、創業者の方は優先分配条項がもたらしうる(ときに甚大な)デメリットを理解した上でVCと交渉するのがフェアだと思います。それで本記事執筆に至った次第です。

*直感的にわかりやすいようにかなりざっくり端折っております。そのため一部詳細について若干不正確な点が残っております。ご容赦ください。

優先分配条項って何?

VCとスタートアップとのファイナンスでは、会社の優先株(普通株に転換可能)をVCが取得します。VCの優先株の条件として「優先分配条項(Liquidation Preference)」なるものが規定されるのが一般です。

一方、創業者は会社の普通株を保有します。普通株は優先分配条項などがないプレーンな株です。

優先分配条項は、「スタートアップのエグジットの場合に、投資家である私に対して私の投資額の●倍を真っ先に分配しなさい」という規定です(*この「●倍」の部分は「マルチプル●倍」などといわれます。)。

上記具体例の通り、優先分配条項、特に高マルチプルな条項があると、M&Aで会社にそれなりの値段がついても、創業者などの普通株主への分配が減殺されたりゼロになったりします。

なぜ会社は高マルチプルな優先分配条項を受け入れる?

1. レイターステージの巨額資金需要

スタートアップのVCファイナンスはシリーズA、シリーズB・・・と新たな条件の優先株のタイミングごとに区切って行います(それぞれは「ラウンド」と呼ばれます。)。

それぞれのラウンドごとに、新規発行される優先株にこうした優先分配条項が設定されます。

ユニコーンですと、シリーズGなどまでラウンドが進んでいたりします。

ラウンドが進むごとに資金需要が大きくなりバーンレートも上がっていきがちです。なので、ラウンドが進むにつれて資金調達の必要金額も大きくなる傾向があります。

そのため、ユニコーンでは、より巨額の資金を出してくれる投資家を探さなければいけません

2. 高バリュエーションの確保

また、各ラウンドごとに、会社の企業価値評価(バリュエーション)を行い、それを元にそのラウンドの投資家が引き受ける株数が決定されます。

会社は以前のラウンドよりもバリュエーションが低くなる新規ラウンド(ダウンラウンド)の発生を極端に嫌います。ダウンラウンドが発生すると、前のラウンドの投資家たちの希釈化防止条項という条項が発動し、前のラウンドの投資家たちの持株比率が上昇します(=創業者の持株比率が下落します。)。また、ダウンラウンドが発生したこと自体が会社成長にとって結構な負のサインとなり、場合によってはCEOの交代や創業者の追い出しにもつながりかねないからです。

ユニコーンではすでに前のラウンドまでにバリュエーションが相当に高くなってしまっています。そのため、ダウンラウンド回避のためにも、それよりもさらに高いバリュエーションを前提としてくれる投資家を探さないといけません

VCとの交渉でこの二つを両方とも実現するのは必ずしも交渉上は容易ではありません。そのため何かの条件を譲歩しなければならない事態が発生しがちです。

そこで、ラウンドがレイターになるにつれ、VCが「優先分配条項をマルチプル3倍で飲んでくれるなら、我々は喜んで巨額な資金を高いバリュエーションで提供しますよ!!」と言ってきたら、会社は思わず飛びつきがちです。

高マルチプルな優先分配条項で何が起きる?

そうすると、出来上がりとしてはユニコーンでは例えば以下のような優先分配条項が積み重なる事態が生じかねません。

上記の場合、VCの投資額は$435Mに留まります。しかし、合計の優先分配額は$1.025bnになっています。

そのため、M&Aで会社が売れ、さぁ株主に分配だ!!となったとき、会社が$1.025bn以上で売れないと普通株主には全く分配がないことになります。

どうすれば創業者に十分な分配が?

1. 合計の優先分配額をはるかに凌駕する金額のM&A

上記の具体例では、仮に会社を$1.025bnをはるかに超える超高額の$2bnなどでM&A売却できれば、普通株主に対しても十分な分配余力が生じ得ます。この点、経営サイドは「俺らの会社は当然超高評価で売れるだろ」と楽観視しがちです。でもいったん立ち止まって、本当にそうした超高額の売却に現実味があるか、VCの高マルチプルな優先分配条項を受け入れる前にしっかりと検討した方が良いです。

2. IPO

優先分配条項は優先株の条件として規定されています。なのでそれが適用されるのはVCが優先株を持っている場面だけです。この点、M&Aでなく株式公開(IPO)でスタートアップがエグジットする場合には、(一定の基準を満たすIPOであることを条件に)優先株が普通株に強制転換されるのが通常です。そうしますと、転換によってVCは優先株を失い、結果的にVC保有株には優先分配条項は適用されなくなります。

したがって、IPOによるエグジットを選択すれば、普通株主である創業者は優先分配条項に縛られることなく自分の持株比率に応じた株式価値を享受できます。

ただし、上記の強制転換が発生するには、一定の基準を満たすIPOであることが必要との規定が多いです。そのため、低額IPOですと強制転換が起きない場合があり、上記の手法は使えません。

また、そもそもユニコーンの段階まで成長すると創業者はボードも株主総会もコントロールを失っている場合が多いと思われます。ですので、創業者に都合の良いような形のIPOを進めるのは至難の技です。

3. Management Incentive Planなど

その他、普通株主である創業者が価値を享受しうる方法としてはManagement Incentive Planによるものやエンジェル・スーパーエンジェルからのみ出資を募る方法によるもの等があります。ただ、いずれも別の視点からの問題があります。需要がもしあれば、優先分配条項の続編として別の機会に書きたいと思います。


〜〜本記事の留意点〜〜

上記では議論の簡略化のために優先分配条項のマルチプルの点のみに絞って解説しています。

優先分配条項はそれ以外にも、

①パリパス、②パーティシペーションとそのキャップ、③優先分配条項から生ずるインセンティブの歪み

などといった問題があります。需要がもしあれば、優先分配条項の続編として書きたいと思います。

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