想田和弘 安倍政権による「民主主義の解体」が意味するもの②

●「基本的人権」を骨抜きに

改憲の第二の特徴、それは、日本国憲法のキモである人権保障に関する条文を改変し、基本的人権を事実上骨抜きにしていることにあります。

まず、自民党改憲草案における基本的人権は、人間が生まれながらに無条件に盛っている「自然権(天賦人権説)の思想に基づいているわけではありません。それは義務と引き換えに国家によって与えられる人権であり、国家への義務を果たさない人には保障されないという、独特の考えに基づいています。つまり、「自然権」を宣言した1776年の「バージニア権利章典」以後の人類の政治思想を踏まえていないのです。

[現行憲法] 第十二条 この憲法が国民に保障する自由および権利は、国民の不断の努力によって、これを保持しなければならない。また、国民は、これを濫用してはならないのであつて、常に公共の福祉のためにこれを利用する責任を負ふ。

[自民党改憲草案] 第十二条 この憲法が国民に保障する自由および権利は、国民の不断の努力により、保持されなければならない。国民は、これを濫用してはならず、自由および権利には責任及び義務が伴うことを自覚し、常に公益及び公の秩序に反してはならない。

実際、自民党は改憲草案発表と同時に発表した「Q&A」(日本国憲法改正草案Q&A)でも、次のように説明し、天賦人権説を否定しています。

権利は、共同体の歴史、伝統、文化の中で徐々に生成されてきたものです。したがって、人権規定も、我が国の歴史、伝統を踏まえたものであることも必要だと考えます。現行憲法の規定の中には、西欧の天賦人権説に基づいて限定されていると思われるものは散見されることから、こうした規定は改める必要があると考えました。
(日本国憲法改正草案Q&A 13頁)

この点については、僕自身、改憲草案・起草委員会のメンバーである片山さつき参議院議員とツイッターで以下のようにやりとりしました。このやりとりからは、自民党改憲草案造りに携わったメンバーが、どのような考えのもとで人権条項に手を入れたのかを再確認できます。

片山 国民が権利は天から賦与される、義務は果たさなくていいと思ってしまうような天賦人権論をとるのは止めよう、というのが私たちの基本的な考え方です。国があなたに何をしてくれるか、ではなくて国を維持するには自分に何ができるか、を皆が考えるような前文にしました!

想田 自民党の改憲案をつくったメンバーの片山さつきは、「国があなたに何をしてくれるか、ではなくて国を維持するには自分に何ができるか、を皆が考えるような前文にしました!」とツイート。こんな考えで憲法がつくられたら戦前に逆戻りだってことに、本人も気づいていない。

片山(想田宛)戦前!?これは1961年のケネディ演説。日本国憲法改正議論で第三章、国民の権利及び義務を議論するとき、よく出てくる話ですよ。

想田(片山宛)国のために国民が何をするべきかを憲法が定めるなら、徴兵制も玉砕も滅私奉公も全部合憲でしょう。違いますか?また、ケネディの就任演説と憲法の全文を同レベルで論じることそのものが、驚愕です。憲法と演説は違います。つーか、そのケネディ演説ですら天賦人権説を採っているんですよ。あなたみたいな不勉強で国家主義的な政治家が出てくることを見越したから、第97条が日本国憲法に盛り込まれたのでしょう。あなた方自民党改憲チームが97条を削除したのも頷けます。

ただし、この点について世論や専門家の非難を受けた自民党は、後に慌ててQ&Aの「増補版」を出し、次のように釈明しています。

人権は、人間であることによって当然に有するものです。我が党の憲法改正草案でも、自然権としての人権は、当然の前提として考えているところです。
(37頁)

しかし、改憲草案そのものに書かれた「自由および権利には責任及び義務が伴う」という記述が撤回されない限り、そのような説明を素直に信じるわけにはいかないでしょう。結局、憲法を解釈する際に絶対の基準になるのは条文だからです。

「自由および権利には責任及び義務が伴う」という条文の記述からは、例えば「納税の義務が果たせない高齢者や障害者や失業者には自由や権利を保障しない」という解釈さえ導くことができます。極端に聞えるかも知れませんが、改憲草案を字義通りに読めば、そういう解釈がなされる可能性は排除できません。

しかも改憲草案には、やたらと国民の『義務』が追加されています。現行憲法における国民の義務には「教育」(第26条)「勤労」(第27条)「納税」(第28条)の三つしかありませんが、それに比べると大幅な増加です。

青井未帆『憲法を守るのは誰か』(幻冬舎ルネッサンス新書)の分類に従い、改憲草案で示された「義務」を列挙してみましょう。

国旗・国歌の尊重義務(第3条)、領土・資源の保全に協力する義務(第9条)、個人情報保護の義務(第19条)、家族の相互扶助の義務(第24条)、環境保全に協力する義務(第25条)、教育を受けさせる義務(第26条)、勤労の義務(第27条)、納税の義務(第30条)、地方自治体の役務を負担する義務(第92条)、緊急事態において国その他の指示に従う義務(第99条)、憲法尊重義務(第102条)。

「自由および権利には責任及び義務が伴う」という記述と考え合わせると、ここに列挙した義務を果たさない人間には、「自由及び権利」を保障しないと読めるのです。

(つづく)


内田樹・編「街場の憂国会議―日本はこれからどうなるのか― 安倍政権による「民主主義の解体」が意味するもの 想田和弘」

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