橋本治 東大法学部の歩き方

去るものは日々に疎しで、もう忘れられかかっておりますが、百億円以上をカジノでばらまいちゃった某大王製紙の元会長ですがね、あの人は東大の法学部出身なんですよね。
初め「製紙会社の会長だった人間がやたらの金をギャンブルに注ぎ込んだ」という話を聞いた時は、「バカなんだろう」と思った。そうでなきゃ、そんなとんでもないことは起こらない。しばらくしたら、その人物が「創業者一族の御曹司」という話も聞こえて来たので、「やっぱりバカなんだろう」と思ったが、そこに「東大法学部」という履歴がくっついていたので、ちょっとびっくりした。「バカではないらしい」と思って、「どんな顔してんだろう?」と気になった。あんまり大きな声では言えないが、私は「見た目」で物事を判断してしまう傾向が、大いにある。

そうして写真を見た。「結構若いんだなあ」という以外になんにも分からなかった。それがしばらくたって、問題の会長が報道陣のカメラが待ち受ける中を歩いて行くニュース映像を見て、「ああ、なるほど、東大法学部だ」と思った。それはもうほとんど、花道を行く歌舞伎役者のようで、「あんた、悪いことやったんでしょう!」と言いたくてたまらないはずの報道陣の中を、平然と揺るぎのない顔つきで歩いて行く。一応私も東大を出ていて、法学部学生を知らないわけでもないので、言い換えればその程度にしか知らないのですが、「ああ、久しぶりに見た東大法学部」という感じでしたね。

法学部の学生は、東大の中で「一番頭がいい」ということになっているので揺るがない。きっと大学に入る前から「揺らぐ」ということのない人達だったはずで、それが法学部に入って確固としちゃった。文系で言うと、法学部の後に経済学部、文学部と続くんですが、後になるほど揺るぎが入る。私なんか文学部ですから、揺るぎっ放しですけどね。

東大法学部というと「高級官僚の養成所」という気がして、実際そうでもあるのだけれど、だからこそ、「ガチガチの冷たいエリート」という風に思うかもしれないけれど、そういうもんではないんですよ。

「冷たい」よりもなによりも、まず周りのことなんか眼中にない。だから揺るがないのだけれど、「周りのことなんか眼中にない」分、愛想はいいんです。なにしろ眼中にないから。「適当にあしらっとけばいい」としか思ってないその分、「同族結合」は強い。「東大以外は大学ではない」と思っていて、「その中でも自分は特別な法学部」だからこわいものがない。揺らぐ必要がない。人の言うことをおとなしく聞いてはいても、自分の意見を絶対に変えない。「変える必要があるわけがない」と思っているから変えない。「非人間的なエリート」じゃなくて、エリートは「揺らぐ必要がないから、結構人間的な意見を持っている」という生き物です。だからこそ、厄介な相手なんだけどね。


橋本治 「橋本治のあんまり役に立たない話」(週刊プレイボーイ連載)

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