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【HELP EVER HURT NEVER / 藤井風 】前編:『何なんw』歌詞とMV考察

【2020’sの主役 藤井風】


藤井風という衝撃。宇多田ヒカルが世に出てきた時も、こんな感じだったのかもしれない。アフターコロナの世界で、間違いなく一番聴いている。

彼の魅力はなんといってもその圧倒的な「根アカ感」だと思う。(あと圧倒的なルックスも)
それ以前の主人公たちは、どこか「影」があったり物憂げだった。悪い言い方をすると、Mステのひな壇で一言も喋らずにスカしている感じ。2000年代まではきっと、それがカッコ良いとされていた。
そこにきて、彼は何もかもが違う。気取った世界観を構築しようとしない。
Youtubeではコスプレして弾き語りするし、とにかく音楽が楽しくて楽しくて仕方がないといった様子で、その人懐っこい笑顔をこぼし続ける。

つまり圧倒的にポップな存在なのだ。とっつきにくさが全くなく、その上で若くてカッコいい。

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僕はバスケが好きなので、バスケで例えてみよう。同程度の技術、スピード、パワーを持つ選手なら、背の高い方が勝つ。背丈も同じくらいなら、より若い方がスタメンになる。
同様に現行シーンで彼ほど才能も若さもルックスも、全てを持ち合わせたアーティストはいない、これは断言できる。シンプルにただそれだけである。これほど華があり、主役になるために生まれてきたようなスターはいない。


「日本語の詞をいかに音符に乗せるか」
「黒っぽいビートを残しつつ、いかに日本人でも踊れる楽曲に仕上げるか」

先達が苦労してきたことを、彼はいとも簡単にこなしていく。まるで、それまでの音楽史は彼の誕生のためにあったかのように思えてならないのだ。

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これは、『HELP EVER HURT NEVER』の歌詞、特に冒頭を飾る『何なんw』とラストの『帰ろう』の2つを分析し、そのMVについても考察した文章だ。アルバムの中でこの2曲は対になる存在で、しかも全体のテーマそのものについて歌っている。タイトルの『HELP EVER HURT NEVER』という言葉自体が、対になっていることからも、この2曲が最初と最後に配置されていることには意味がある。「常に助け、決して傷つけない」とは、一体なんのことなのだろうか。

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【「何なんw」の革新性】


最初に聴いたとき、「えっ日本語!?」と驚いた。それくらい、黒っぽい質感のビートに日本語歌詞がナチュラルに乗っかっていたのだ。
モタっとしたドラム、スティーヴィーっぽいピアノのリフ、ブルージーなギターと鬼ごっこをするみたいに、彼のヴォーカルは軽やかに音階を行き来する。これらが常に計算された配置に置かれ、絶えず目まぐるしく展開するからめちゃくちゃ気持ちいい。
そしてさらに驚いたのは、無名時代の弾き語り映像を見た際、すでにあのイントロがほぼ完成していたことだった。

アレンジを一任するタイプではなく、作曲時点で脳内で完成形に近い音が鳴っているソングライターなのだ。しかも後述するが、それは彼の多様な音楽性のほんの一部分に過ぎないという末恐ろしさ。

【仕掛けられたミスリード】


本論となる歌詞&MVを見ていこう。というか、考察も何もこの曲のテーマについて風くん本人がYoutube上で語っている。(何故か英語で)


彼曰く、それは「ハイヤーセルフ」なのだという。漫画・アニメの表現で、心の中の天使と悪魔が戦う場面がよく出てくるが、これに近い。ハイヤーセルフは理想の自分自身であり、しかし現実の自分自身は弱く、怠け者で、失敗を繰り返す。ハイヤーセルフはその様子を俯瞰して見守る、天使のような存在だ。(だから白い服を着ているのだろう)

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つまり結論から言うと、白衣の黒人がハイヤーセルフだ。「わし」が黒人で、「あんた」が風くんである。そのため歌詞は、黒人が風くんに向かって語りかける形式を取っている。
ところが、普通はそうは思わない。「わし」と歌っているからには、風くんが「あんた」に向かって語りかけている歌だと錯覚するのが普通だろう。ここがこのPVの非常に巧妙なところである。しかも、この意図的なミスリードは歌詞の1行目にも仕掛けられている

あんたのその歯にはさがった青さ粉に
ふれるべきか否かで少し悩んでる
口にしない方がいい真実もあるから

「歯に青のりついてるよ!」と言うべきか迷っているーここだけを切り取れば、どうしたってカップルのデート場面を連想するだろう。実際、「あんた」=恋人として読めなくもないのだ。

【実は恋愛ソングは1曲もない!】


実は、「何なんw」に限らず、アルバムの曲はどれも、恋愛ソングの皮をかぶった哲学的な物語だ。
例えば2曲目「もうええわ」は、パートナーに見切りをつける別れの歌…ではなく、「すべての執着からの解放」を歌ったものだという。

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5曲目「罪の香り」も、昭和歌謡的サウンドがいかにもザ・不倫ソングだが、読み進めて行くとその真逆で「誘惑に打ち勝つ」話だと分かる。
特に秀逸なのが、この一節。

おっと罪の香り 気付いた時にはまだ早い

普通、気づいた時には「もう遅い」のだが、まだ引き返せると説得する。「もう恥じることなんてない」「他に怖いものなどない」という言葉は、開き直って欲望に身を任せているのではなく、引き返すことに成功したことを意味しているのだ。

8曲目「死ぬのがいいわ」の歌詞の一節も切り取ってみよう。

三度の飯よりあんたがいいのよ
あんたとこのままオサラバするよか
死ぬのがいいわ 死ぬのがいいわ

これだけだとただのメンヘラのように思うかもしれないが、これはあくまで寓話であり、「あんた」は人ではなく「沼」のことではないだろうか。
三度のメシより好きだという「あんた」は風くんにとっては音楽であり、聞く人によって野球でもアイドルでもゲームでも置き換えることが出来るようになっている。このように、このアルバムでいわゆる恋愛ソングは実は1曲もないというのが個人的な解釈だ。

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【画面の白/黒が意味するもの】


話を「何なんw」MVに戻そう。冒頭からハイヤーセルフ(黒人)は、風くんの気を引こうと踊りまくるが、物憂げな風くんは全く気づく気配がない。しびれを切らしたハイヤーセルフが風くんを突き飛ばすと、アパートメントの1室でカウンセリングが始まる。

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参加者の外国人たちは風くん以外、白衣を着ている。つまり、この人達もみんなハイヤーセルフ。風くんの分身だ。現実の風くんが喋るたびに、ハイヤーセルフたちは残念そうな顔を浮かべる。

…知らない方が良かったなんて言わないで居て
何があってもずっと大好きなのに
どんなときも ここにいるのに
近すぎて 見えなくて ムシされて

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カウンセリング後、風くんはひとりNYの地下鉄に乗る。ハイヤーセルフは風くんの背中を押す。それでもやはり、風くんにその姿は見えていない。

雨の中一人行くあんた
心の中でささやくのよ そっちに行ってはダメと
聞かないフリ続けるあんた
勢いにまかせて 肥溜めへとダイブ
それは何なん
先がけてワシは言うたが
それならば何なん
何で何も聞いてくれんかったん
その顔は何なんw
花咲く町の角誓った
あの時の笑顔は何なん
あの時の涙は何じゃったん

方言で少し分かりにくいが、サビを要約すれば「ずっと警告してたのに…」「だから言ったじゃんよ」と、ハイヤーセルフが呆れているニュアンスだろうか。風くんは歩道のブロックを渡るが、バランスを崩してその場に倒れてしまう。

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たまには大胆に攻めたら良い
時には慎重に歩めば良い
真実なんてもんはとっくのとうに
知っていることを知らないだけでしょう

「真実」から目を逸らし、見て見ぬフリをしていると指摘するハイヤーセルフ。結論を先送りにして現実逃避…あるある過ぎて身にしみる話だ笑。

あれほど刻んだ後悔も
くり返す毎日の中で かき消されていくのね
真っさらになった決意を胸に
あんたは堂々と また肥溜めへとダイブ

さて、ここからは「深読み」かもしれない。MVの白と黒にはそれぞれ意味があるという仮説だ。天使のようなハイヤーセルフが着ているのは「白」衣。それに対して風くんは「黒」い服を着ている。
状況が好転せず、フラストレーションがたまっている心理状況が「黒」に集約され、そこから引きあげるための光明が「白」なのだ。

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2番のBメロで風くんが踊る路上には、いくつもの車が停まっている。最初は黒い車しかないのだが、追いついたハイヤーセルフが飛び跳ねていくと、次第に白い車が出現していく。

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そして2人は白い車を取り囲むように踊る。つまり白い車は、状況がこれから好転していくというある種の「兆し」の象徴だ。
個人的にはそこまで狙って撮影しているはずだと思うが、単に考え過ぎなのかもしれない。白と黒に注目して視聴を続けると、Cメロで白衣を着ていたハイヤーセルフたちが一転、黒い服に身を包んでいる。

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神様たすけて、やばめ やばめ やばめ やばめ
足元照らして、やばめ やばめ やばめ やばめ

ここは歌詞の言葉通り「闇落ち」を示唆している。するとハイヤーセルフが現れ、ろうそくの火で闇を照らすのだ。

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目を閉じてみて 心の耳すまして 優しい気持ちで
答えを聴いて もう歌わせないで
裏切りのブルース

そして風くんが風呂の中で溺れるカットと、黒服たちに抱き抱えられているカットがオーバーラップする。その前に「神様たすけて」と言っていることからも、これは洗礼のイメージだろう。

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つまり、これまでの自分から「生まれ変わる」ことを意味している。この生まれ変わるというのが、『帰ろう』でもキーワードになっていく...

それは「何なんw」
…ワシは言うたが
それならば何なん
何で聞いてくれんかったん
何なん 何なん 何なん
あの時の笑顔は何なん
あの時の涙は何じゃったん
何なん

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生まれ変わった風くんは、ついにハイヤーセルフと抱き合う。ようやくハイヤーセルフの存在を認識することができたのだ。物語は大団円を迎え、最後はみんなで踊ってハッピーエンド。以上が「何なんw」MVの全容である。

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【根アカなのに繊細という独自の世界観】


こうして紐解くと、たくさんの登場人物の中で実在するのは風くんだけ
これも彼の作家性を端的に表している。
(『青春病』MVの友人たちも「脳内再生」された過去なのだが、これについてもいつか書ければと思う)


最初に書いたように、とても根アカで人たらしなキャラクターにも関わらず、歌詞は常に非常に内省的だ。一方で、そうした思想の部分がまったく説教臭くないところもまた、彼をポップスターたらしめているように思う。
間違いなく2020年代の音楽シーンのど真ん中を行く存在になるだろう。
なぜNHKは去年の紅白に彼を呼ばなかったのか甚だ疑問だが、それは置いておいて少し長くなってしまったので、『帰ろう』の歌詞考察は「後編」で。




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