短編 「シュガー・ハイ」


僕が初めてクスリをやったのは大学1年の夏だった。

当時、大学から徒歩30秒の寮に住んでいた。あまりにも近いから、家に帰るのが面倒な友達がよく泊まりにきた。たとえば同じ経営学部のトモミとか。

男が二人集まって深夜に何をしていたかといえばクスリ、ではなくて、ぷよぷよだった。

ぷよぷよ、というのは同じ絵柄のキャラを揃えて消すゲームで、テトリスみたいなもの。対戦モードでプレイすると、負けた方が即座にコンテニューを押すので勝負は延々と終わらない。

一晩中やり続けて100戦50勝50敗とかで(ハンデを調整できるので毎回いい勝負だった)、最後の方は疲労と眠気で朦朧として、二人同時に床に落ちた。テレビとプレステの電源はつけっぱなしで。


その7月の夜、学食で晩御飯を済ませた僕とトモミは、くだらない話をしながら狭い寮の部屋に戻った。

どちらともなくプレステの電源を入れて、ぷよぷよがスタートする。そうして午前3時に100戦を終えて、気絶したように眠る。

昇った太陽がまぶしくて目を開けると、ブラインドの隙間から光があふれていた。隣を見ると、トモミは珍しく起きたままで、連鎖消しを一人で練習している。時計を見たらまだ朝の6時半だった。

「眠くないの?」と僕がふらふらしながらブラインドを閉めると、トモミはゲームのストップボタンを押して、鞄からナイロンの小さな袋を取り出した。中には白い錠剤が10個ぐらい入っていた。

「ユッキーも飲む?」
「なにそれ」
「元気が出る薬」
「ビタミン剤?」
「そんなみたいな」

聞けばバイト先の先輩からタダでもらったらしい。大人は1回1錠だと言った。

大学時代はスマホはないし、インターネットも出始めたころで、ググるなんて言葉もない。クスリといえば注射器で腕に打つ覚醒剤のイメージしかなかった。白い錠剤にはアルファベットが刻印されていた。

それがビタミン剤でないことは薄々わかった。でも何なのかは不明だった。トモミは笑って「ビタミン剤だよ」としか言わないし、僕も笑いながら「ほんとかよ」としか言えないし、一錠ぐらい飲んでも大したこと無いだろうと飲んだら本当に大したことがなかった。二人で笑いながら昼過ぎまでぷよぷよをやりまくったぐらいだ。なぜか頭がギンギンに冴えて追加で150戦も戦った。

目が覚めたらトモミはいなかった。


ジミ・ヘンドリックスは薬で死んだ。シドビシャスも麻薬だし、カートコバーンもヘロインの過剰摂取だし、みんな大好きフロイトもコカインで中毒になったことがある。ウィリアムバロウズはヘロインを注射しながら詩を書いた。

トモミは2時間後に部屋に戻ってきた。顔が真っ赤で、背中と脇に汗をびっしょりかいてる。冷蔵庫を勝手に開けてコーラを飲み始めた。

「どこ行ってたの?」と聞くと、「グラウンドで、ひたすら走ってた。20周以上」とトモミは笑って、コーラを一気飲みして咳き込む。

梅雨明けしたばかりの炎天下のグラウンドで、20周も走るとか正気の沙汰じゃないので問いただしたら、例のビタミン剤を5錠も飲んでいた。

「大人は1回1錠だよな?」と僕もおかしくなって笑う。

「ああ、1錠だけど、あんまり効かないから5錠飲んだら、テンション上がりすぎた」とトモミも笑って、二人で笑いあって、あれから15年が過ぎる。


トモミの結婚式の三次会で、クスリの正体を教えてくれた。あれは単なる砂糖、砂糖の塊だったと。

「シュガー・ハイって知ってる?  空腹時に砂糖をたくさん食べると、ハイになるってやつ」

トモミのとなりで綺麗な奥さんが膝を抱えてうつらうつらしている。シュガー・ハイで、僕ら二人はぷよぷよを250戦もやった。あれ以来、一度も対戦したことはないけど、いい思い出だ。


これでこの話は終わる。トモミの結婚式から5年経つ。でも今にして思えば、彼は奥さんの前だからウソをついていた。真実は……、この話の始めに僕は書いた。


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