『お姫様の口から「好き」だの「愛してる」だのといった言葉を引き出せれば50兆もらえると知って有頂天になった身の程知らずたちの物語』


全世界の男子に告ぐ!姫の心を射止めたものには、王宮の財産の、半分をやろう!

と、義眼の大臣が広場に集まる1000人の男子に向かって大声で呼びかけた。直後、興奮の雄叫びが地鳴りとなって広場を埋めつくす。

王宮の財産は軽く見積もっても100兆はあり、その半分なら50兆だ。一生遊んで暮らせるどころか、高額紙幣をトイレットペーパーにしても5000万年はもつ。

ある者は感極まって泣き叫び、ある者は天高く飛び上がって着地に失敗して捻挫し、ある者は前後左右から押されて失神し、ある者はさらに押されて失禁し、ある者はスタバのコーヒーフラペチーノを飲み続け、ある者はスマホでnoteを見ている、もしかしたら小説を書いて投稿しようとしているのかもしれない。

「ただし!」

と大臣が続ける。しかし歓声が大きすぎてほとんど聞き取れない。俺は前から5列目だったからまだいいけど、後ろのやつらは全裸で踊り始めている。

大臣の5回目の「ただし!」で、やっと歌と踊りと足踏みが止む。みんな聞き耳をたてる。

「ただし!挑戦して敗れたものは、その場で、即刻、斬首とさせていただく!胴体と首の、永遠の別れ!悲しいか?悲しくないか?そんなことはわたしの知ったことではない!」

あっという間に男子の大半がいなくなる。

後ろの方にいて、よく聞こえなかった男子のグループも、家路につく男子から詳細を聞いて「おれの命は王宮よりも重い!」とツバを吐いて去っていった。



残った数十人の男子を、大臣は手招きして前に集める。

「さあ!目の前にいる、死をも恐れぬバカども!いや、勇敢なる男子諸君よ!我こそはと思えば、今すぐ、エントリー手続きをせよ!エントリー手続きには、有効なるメールアドレスと、電話番号認証と、本人確認書類による厳重なる本人確認が必要である!」

と言った瞬間、ほとんどの男子がいなくなる。

この国ではメールアドレスも電話番号も貴重で、ましてや本人確認書類なんて100人に1人が持ってるかどうかだ。男子のほとんどは流れ者の国籍不明者で、そもそも発行すら受け付けてもらえない身分のやつばかりだった。

広場に残った男子は、俺を含めて5人だけだった。

となりにいたスーツ姿のサラリーマンが、大臣に向かって震えながら手をあげた。「お、おそ、おそれ、恐れながら、申し上げます」

「なんだ?」大臣は氷のように冷たい義眼でギロリとにらんだ。

「姫の心を射止めた、とは、どのような状態なのでしょうか?」

大臣はため息をついて静かに答えた。

「おまえ、そんなのこともわからんのか。まったく、女の子と付き合ったことがないのか?姫の口から「好き」だの「愛してる」だの「一生一緒にいてくれよ」だのといった、求愛の言葉が出る状態のことだ。肉体関係までは要求せん」

それなら簡単だ、と後ろから声が聞こえる。おれの得意分野だ。振り向くと、駅前のホストクラブのナンバーワン、ヤマギシがいた。誕生日一日分の売上だけで家が建つ、という伝説の美男子。好敵手、と俺はおもった。

結局エントリーしたのは俺たち5人だけだった。



ナンバーワン・ホストのヤマギシ、サラリーマンのトダ、七色の裏声をもつウラベ、力自慢の田舎者アオヤマ、そして、ものまねが得意な俺。

俺たちはそのまま王宮に連行され、手荷物とスマホを預け、金属探知機でチェックを受け、大理石の大広間に通される。クジを引き、求愛の順番を決め、椅子に座る。はるかかなたに壇上がある。

義眼の大臣が「姫の、おなーりー!」と大声をあげる。壇上に姫らしきベールをまとった女性が現れる。そもそもこの距離だとベールがあってもなくても顔はまったく見えない。

「今さらだけど」と田舎者のアオヤマが小さな声で言った。「姫がブスだったらどうする?」

「おれは外見は関係ない」と言ったのはホストのヤマギシだ。「こころにしか興味がない」

ひゅーっとアオヤマが口笛を吹いて巨体を揺らす。「こころ、じゃなくて、金の間違いだろ?」

サラリーマンのトダは終始うつむいたままだ。裏声のウラベは、うーとか、あーとか、喉を鳴らして発声練習をしている。どうやら歌で姫を惚れさせるつもりらしい。

大臣が咳払いをひとつして、俺らに向かって叫んだ。

「ただいまからー!エントリーナンバー1よりー!求愛行動を示せー!姫君はー、ご興味をお持ちになられましたら青色のボタンをー、ご興味がなければ赤色のボタンを押してくださいー!」


エントリーナンバー1は、七色の裏声のウラベだ。立ち上がって、一歩前に出る。姫のいる壇上を見つめて、静かに、歌いだした。

サムセイラーーーブ  イルイズザリバーーーー

歌は「The Rose」だった。ヤバい出だしから泣きそうになる。裏声が裏声を呼んで次々にメロディが紡ぎだされる。こんな綺麗な歌声は、今までに聴いたことがない。

ホストのヤマギシもうろたえて顔面蒼白だ。ウラベはプロの歌手なのか?いや、プロでも、こんなに上手には歌えないだろう・・・。

ブザーが鳴り響き、赤色のスポットライトがウラベを照らす。赤色ってことは、どっちだ?

「即刻、斬首!」

大臣が叫ぶよりも早く、刀を手にした近衛兵が二人、ウラベに駆け寄った。今まさに刀を振りかぶって首を切り落とそうとした瞬間、「待て!」と大臣が再度叫ぶ。

「たったいま!姫君から言葉があった!この大理石の純白の広間を、血で汚すのはもったいない、処刑は明日の朝、外の広場で、日の出とともに!と仰せだ!」

ウラベの足元の床が開いた。悲鳴をあげる間も無く、ウラベは奈落の底に落ちていった。



残った男子4人はあっけにとられる。あの歌声でもダメってことは、いったいどうしたらいいんだ?

次のエントリーナンバー2は、怪力のアオヤマだった。上半身裸になり、得意の筋肉をこれ見よがしに見せつけるも、脚は震えていた。3回目の跳躍で着地したら床がなく、アオヤマもあっけなく落ちていった。

ナンバー3のサラリーマンのトダは、立ち上がった瞬間に床が開いた。

差別だろ!と俺は叫びそうになったがこらえた。とんだ鬼畜な姫だ。

ナンバー4は、ホストのヤマギシだった。色気で大理石も紅くなりそうだ。ヤマギシは姫をまっすぐににらんだ。「あんたは、バカだ」

近衛兵がビクっと身体をふるわすも、ヤマギシは続ける。

「王宮に生まれたから何だってんだ?人の命をもてあそんで何が楽しい?真実の愛を探してんのかどうか知らねーけど、こんなやり方なら、だれもあんたのことなんか心底愛さないよ。ずっと一人でいるがいい。おれもあんたの心なんか、どうだっていい。ほしいのは王宮の財産だけだ。殺すなら勝手に殺せ」

言い終わって床が抜ける。

最後のナンバー5の俺も、映画キングダムの将軍のモノマネを披露したが(「んふ、とんだお騒がせな姫です な」)、床が開いてタワー・オブ・テラーのように落下していく。



けっきょく誰も、姫の心を射止めることはできなかった。

歌声はすばらしかったし、筋肉はすごくて、サラリーマンは堅実だし、ホストは真実を語った。俺はふざけたように思われたかもしれないけど、おふざけが人の心を打つこともある。クレヨンしんちゃんのように。

床が抜けて落ちた先は、砂の山で、ざざーっと滑り降りて、石造りの壁にぶつかって止まった。背骨を打ちつけてしばらく動けなかった。

地上の広間と同じだけのスペースで、地下は巨大な牢獄だった。空気はひんやりと冷たく、ホコリとカビの臭いが強烈だ。窓なんてなくて、南にある唯一の出口から差し込む光で、かろうじて互いの顔が判別できた。

出口は鉄格子が縦横に並んでいて、頭をくぐらすスペースもなかった。向こうで奴隷が俺たちを見張っている。

「さて。どうやって逃げ出す?」ホストのヤマギシが壁を叩く。

「おれの力をもってしても、この花崗岩は壊せない」怪力のアオヤマは天井を見上げてため息をつく。

ウラベは涙を浮かべて横になっている。サラリーマンのトダは無言で体育座りをしている。

俺は鉄格子の外にいる奴隷に呼びかけた。「ここから出る方法を教えてほしい」

奴隷はこたえない。身動きもしない。

「いくらほしい?」

「金には興味がない」低い声だ。全身をボロ布でつつまれているから、表情までは読みとれない。

「じゃあ何に興味がある?」

「・・・夢、希望・・・。つまり、明日だ」

「とんだ詩人だな!」アオヤマが大声で笑う。「明日っていえば、おれたちが処刑される日だ!」

それを聞いてウラベがまた泣き出す。ヤマギシは汚い言葉を吐く。俺はまた奴隷にたずねる。

「おまえに、明日を与えることができれば、俺たちをここから出してくれるか?」

奴隷は何もこたえない。アオヤマが無視しろと俺に言う。俺は直感で思う。この奴隷、何かがおかしい。



奴隷の顔をよく見ようと鉄格子に顔をつけた瞬間、牢獄全体が小刻みに振動した。低い音が頭上から響く。爆発か?と思ったときにはもう、大音響とともに目の前の砂山が崩れはじめる。牢獄の床が抜け落ちたのだ。大量の砂が落下していく。底はまったく見えなかった。

俺たちはあわてて鉄格子につかまる。逃げ遅れたウラベの腕を、アオヤマが引っ張り、落ちるのをかろうじて助ける。

「今日はよく落ちる日だな」とアオヤマが叫ぶ。

「姫のこころは落とせなかったけどな」とヤマギシが笑う。


みんなで笑ったあと、今度は天井も抜け落ち、数えきれないほどの武装兵士が落下していった。その数、数百、数千人。鎧は敵国の赤色だった。絶え間なくつづく爆発音、剣の音、悲鳴。

鉄格子が開く。俺たち5人は廊下に転がり出る。そこに義眼の大臣が立っていた。背中には何本もの剣が突き刺さっていた。

「騙してもうしわけない」と大臣がかすれる声で言った。「信じられるやつが、ほしかった。王宮はもうすぐ、敵国の手に落ちる。20万の大軍に包囲された。内部の裏切り者が、誘導した。情報はつかんでいたが、遅かった」

大臣が膝から崩れ落ちるのを、そばにいた奴隷が受け止めた。俺たち5人はわけもわからず、ただ黙っていた。

「おまえたちは、死をも恐れぬ、バカどもだ」大臣の声が泣いていた。「そして、身元も、ちゃんとしている。信用にあたいする、立派な人間だ。ここにいる、この奴隷といっしょに、どうか、どうか、生き延びてほしい」

大臣は右手で義眼をえぐりだし、近くにいたサラリーマンのトダに渡した。トダは無言で受けとる。義眼はきらきらと光っていた。

「ルビーとサファイヤだ。王宮の財産は、これで、すべてだ」

大臣はそう言って静かになった。


地下に赤い兵士が集まってくる。力自慢の大バカ野郎のアオヤマが、大臣の剣を拾って、次々になぎ倒す。ホストの大バカ野郎のヤマギシが、石を投げて応戦する。裏声の大バカ野郎のトダが、砂を投げて目つぶしにする。俺はたいまつを消す。暗闇に目が慣れている俺たちだけが、かろうじて見える。

奴隷が「こっちだ」と狭い通路に誘導する。臆病者のサラリーマンのトダがすぐに続く。ウラベが続き、ヤマギシも続き、俺が続き、剣を持ったアオヤマが追っかけてくる赤鎧を突き刺して続く。

曲がりくねった狭い地下通路を抜けると、夜明けだった。



はるか遠くに見える王宮は、炎につつまれていた。

俺たちは太陽よりも明るい光を見つめながら、ただ立ち尽くした。奴隷は頭にかぶっていた布を脱ぎ去った。長い髪がゆれる。奴隷は女で、目に涙を浮かべていた。きれいな瞳だった。

「お姫様が、夢にみた、明日です」と俺は言った。

この女が奴隷でないことは、だいぶ前からわかっていた。姫は、無言で泣いた。




「300キロ先に、同盟国のラジール王国がある。そこまで、歩こう」とサラリーマンのトダが言った。トダがサラリーマンでないとわかるのは、もっと後の話になる。


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