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ドラ○もん 第1巻 「未来来」


死にそうなときに音楽は効かない。小説も読めないし、映画なんて見る気もおきない。外出もできないし、そもそも布団から起き上がることもできない。昼も夜もまどろんでいて、生きてるのか死んでるのかよくわからない時間が過ぎる。今日が何日で何曜日かなんて興味もない。なんにも興味がない。死ぬことにも興味がない。

だから目の前にドラ○もんが現れたってきみはなんにも感じない。ピクリともしない。「ぼくドラ○もんです」ってお決まりの声色を真似ても、一瞬だけチラッと僕を見るけど、また目をつむる。

「まあ、寝てていいよ」と僕はきみの布団のそばで、あぐらをかく。「お父さんもお母さんも、下でご飯を食べてるから、とうぶん上には来ないだろうし。僕はここで話をするけど、聞いても聞かなくてもどっちでもいいよ」きみは目を閉じたままだ。

「せっかく未来から、はるばるやってきたんだから、きみの将来の話でもしようかな。この先どうなるのか、なにが起きるのか。あ、きみがいま大好きで大嫌いなあの子、大丈夫だから。ちゃんと30歳超えて生きてるし、なんなら40歳まで生きるから。残念ながらきみとは結婚しないけど。でも、そもそも、きみが縁を切ったんでしょ?」

窓の外から音はまったく聞こえない。雪が降ってるせいだ。石油ストーブの音だけが部屋をあたためる。

「エライよ。彼女、初めて必死な顔をしてた。きみも必死だったけど、彼女も必死だった。必死って言葉はちょっとイヤだな。こんな漢字だっけ? まあいいか。はたから見たら、彼女はきみに甘えるだけ甘えてたから。それを許したきみも悪いけど。

彼女はきみがいなくても、夢に向かってぜんぜん一人で頑張ってやってくから、心配しないで。残念だけど、きみは彼女のブースターみたいなもんだよ。ロケットの第一エンジン。発射後に切り離されておしまいのやつ。

しばらく、10年ぐらいは引きずるかな。その後もたまに名前を検索して、彼女の活躍を追ったりして。あ、巨大な地震が日本を襲うんだけど、そのときに一回だけメールのやりとりをして、それが最後になる。いまのところ。まあ、人との関係は交差点みたいなものだからさ、彼女とはご縁がなかったんだ。あんなに好きだったのにね。

彼女との関係を原稿用紙100枚?ぐらいの小説にして、しかもそれをキンコーズで印刷して手渡しするとか、狂気の沙汰としか思えないけど、でも読んでくれて良かったじゃない。どこかで歯車が噛み合ってればって、思うこともあるだろうけど、合ってれば最初からうまくいってるから。それは妄想。

あ、もうこんな時間だ。お母さんが様子を見に上がってくるかも。将来の話をするとか言って、結局は彼女の話になったね。原稿用紙100枚のつぎは10万字ぐらいの小説を書くけど、おいおい、って感じだね。あ、でもね、結局は、きみは両親と話がしたかったみたいだよ。

あと、春になったら家出して東京のキャバクラでお世話になるけど、みんないい人だから心配しないで。性病には気をつけて。粘膜弱いのに無茶するから。じゃあ、気が向いたらまた未来から来るよ。未来から来る、って文章、なんか面白いね。未だ来ないところから来る、だってさ」


僕の言葉はきみには届かない。きみはずっと眠っている。でもひとつだけ覚えてて欲しいことは、未来はいまの延長線上にあるわけじゃない、ってこと。いま想像できることの範疇の外に、未来がある。

リスしかいない動物園に、ある日突然、象がやってくる。みたいなことが起こるのが未来。

たぶん大丈夫。なんとかなるって。




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