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「短編小説集」

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自作の短編小説集です。キャバクラ からファンダジーまで。作品によって幅があるので、気に入っていただけるものがあると嬉しいです。
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2020年8月の記事一覧

【神話】「太陽はきみを犠牲にしない」

階段をのぼるとき、3つの動物のなかから1つを選べといわれた。 * 道のりは長いから寂しくないように、という計らいらしかった。 「どれにする?」と老人が足元のゲージを指差した。ゲージは3つあった。 「このなかのどれかだ。うさぎ、コアラ、犬。1番人気はうさぎ。次が犬。コアラは日本人には馴染みが薄いせいか、ほとんど選ばれない。かわいそうなやつだ。はるばるオーストラリアから来たっていうのに」 僕はひと呼吸おいてから「コアラでお願いします」とこたえた。 老人ははじめて顔を上

小説 『言葉なんて信じなかった僕らのために』

友だちの名前はわからない、と彼女はこたえた。 営業前の静かな店内。丸いテーブルを挟んで、奥に彼女、通路側に僕が座る。手で卒業アルバムを広げる。彼女からは見えないようにして。 「じゃあ、担任の先生の名前は?」 「知らない」 店長が奥で笑った。両手でバツのサイン。残念そうな顔。久々にモデルみたいな美少女だったから。 「てことは、あなたの卒業アルバムじゃないってことだよね」 僕は穏やかに確認する。彼女の目に敵意が浮かぶ。綺麗な顔立ちだから余計にキツく感じられる。 「ごめ

短編「夢の底で」

豪徳寺ケンくんにはじめて出会ったとき、彼は喧嘩の途中でした。 渋谷のTSUTAYAの1階で、バンドマンと殴りあっていたのです。パントマイムをしているようにも見えました。楽しそう。そのくらい、2人ともお酒に酔っていました。夜の10時近くでした。 バンドマンは、インドの水牛のように痩せていて、スーパーマリオに登場してもおかしくないようなトゲのたくさん付いたジャケットを着ていて、ピタピタの黒いパンツは沼から這い上がったばかりで張りついちゃった、といういでたちでした。ディスってま