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【短編】リストカットシンドローム

時間の流れは残酷だ。由紀子はそう思った。気が付けば自分の肌にはそれ相応の年輪が刻まれ、もうお姉さんと呼ぶよりおばさんと呼ばれた方がしっくりくるような年齢になっていることに気付いた。

そんな自分が、未だにリストカットに頼って生きているのが可笑しくなって由紀子は一人フッと笑った。

若かったころ、十代だった頃はリストカットはファッションのように流行り、みんなと言っていいほどみんなしていた。由紀子は違う意味合いでリストカットを行っていたが、誰かがリストカットを行うことを不思議がる人間などこの世界には存在しなかった。

けれど今は、リストカットなんて流行っていないし、そんなものをしていると分かれば嘲笑の対象になる。由紀子は夏でも長袖を着ていたが、昔リストカットをしていた大人たちはみなそうするので、それを不思議がる人間など存在しなかった。

生きやすいようで生きにくい世界。由紀子にとってここはそんな世界だった。最早由紀子はリストカットに依存していたし、リストカットなしで生きれなかった。

生きるために自分を痛めつけ、そして生きる糧としてリストカットをするのが当然のように自分の血を拭きとりながら眠りにつく。

一種の儀式だった。そういう行いをする人々を人はリストカットシンドロームと呼んでいることを、由紀子は知っていたが、自分がそうだとは思いたくはなかった。けれど、そうなのだと自覚もしていた。

今日も由紀子は自分の腕を切る。当たり前の儀式として、生きる糧として。リストカットシンドロームで何が悪い。

みんなが可笑しいんじゃないだろうか。由紀子は思ったが、普通の根拠なんてあるわけないじゃないと、独り言ちる。自分にとっての普通を人は生きている。

由紀子もそうしているだけに過ぎない。そうただそれだけにすぎないのだ。



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