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ぼくがnoteを有料化しない訳

noteはサクサク書けて記事もシェアされやすく有料化できて便利だと言う。特に記事は収益化したい人にとっては朗報で1記事300円とか500円とか値段を付けて売っている。

いくら書いても1円にもならないくらいならごくわずかでもお金につながればモチベーションにつながる。たしかにそれはそうだろう。300円でも5人に買ってもらえれば1500円、10人だったら3000円にもなるのだから。しかも同じ労力で。

けれどもぼくはいまのところ有料化にはしていない。これはユーチューブの再生回数・登録回数を上げる、ブログ記事のPVを上げるような戦略と真逆の進み方をしているせいでもあるが、一番の理由は、

セコイ(ケチ)!

と思われたくないからだ。いくらいい記事であっても記事を切り売りするという行為はオンライン文春の記事のように「つづきは有料で」というのと同じように、そこまで教えているのにそのくらいいいじゃないかという軽い反発を覚えるからだ。

イチイチ300円という小さなお金を払ってまで読みたいと思う記事はないし本当に読みたいものならもっと高くてもいいと思うからだ。だから逆に考えると自分がそうされたくないからこの続きは○○円とはしたくないのだ。無料は無料で完結させたいのだ。

もちろん300円でも有料化し、お金をもらうことで喜びを感じビジネスのはじまりに思う人もいるだろう。それはそれでいいと思う。だけどぼくは単にそうしたくないからしないだけなのだ。なんかセコい気がするから。

それより無料でたっぷりと味わっていただき、そのうえで有料のものを選んでもらう流れのほうがいい。そのほうがさっぱりと割り切れるからだ。

300円をもらえるかどうかで一喜一憂するより、ある程度まとまったお金をきちんといただくほうが労力はいらないし、ほんとうに欲しい人に注力できる。だからいまのところは有料化しようとは思わないんだ。

noteの理念には反しているのかもしれないけど、それがぼくの正直な気持ち。

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