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タバコ屋のおばちゃんのこと

近所にタバコ屋さんがある。
ウチの前の道はドン突きなので出かける時も帰る時もタバコ屋の前を通っておばちゃんに挨拶することになる。同じ通りのご近所さんたちもみんなそんな感じで「いってきます」「ただいま」とおばちゃんに言い、時には話し込んだり、人数が増えて井戸端会議になったり、あらゆる噂話がおばちゃんの耳を経由し、広められていくため「放送局」と呼ばれたりもしている。

最近おばちゃんの元気がない。昨年ながらく連れ添ったご主人が亡くなってからのように思う。おばちゃんは人を悪く言う人ではないが、ご主人に関しては違う。悪くしか言わない。何しろ女癖が悪かったらしく、苦労しかなかった。葬儀屋から「棺桶に故人の愛用品を何か入れますか?」と聞かれて「女でも入れてやってください」と答えたそうだ。だからしばらくは「スッキリした」「楽になった」と語っていたのだが、半年も経つと何だか…ぼんやりしていることが増えてきた。

オロナミンCを買うと「ハイ、110万円」というのは必ず言ってくれるが、以前の丁々発止の受け答えとは違う。もう80を過ぎているのだから当たり前といえば当たり前だが。たとえ天敵でも、刺激があるとないではハリが違うのだろうなぁ。どんなに仲が悪くてもどちらかが亡くなると残された方が弱る、というのはよく聞く話だ。私の祖母も悪いところしかなかった祖父が亡くなった時「あたしゃあの人がいいんだよぅ」と号泣し、周りを呆れさせた。どれだけ家族が祖父の悪行で迷惑したか。祖母を守るためにどれだけ身を切ったか。その苦労は祖母の一言で塵となった。

夫婦とは生活していくための手段のひとつに過ぎないが、時に不思議、永遠の謎である。ペンギンのつがいのように一途に互いを想う夫婦はなかなかいないだろう。数年、数十年の時はあまりにも長い。想いが揺れても仕方ない。実はペンギン夫妻だって色々あるのかもしれない。愛と憎しみは表裏一体となって人生を彩る。そしていつか終焉を迎え、灰になるのだ。

#タバコ屋のおばちゃん
#夫婦
#創作大賞2024
#エッセイ部門

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